いま思えば、中学生のころが一番活発だったかもしれない。充実した時間を、懐かしく思い出す。所属していた野球部はチームワークも良く、3年春の新潟市の大会では総合優勝まであと一歩というところまで行った。生徒会長に選ばれてそれなりにがんばったし、勉強もやり方を覚えてサクサクと頭の中に入っていく感覚があった。
イメージは美化される。学校に出かけて授業を終えると、グラウンドに駆け出して野球三昧の日々。一方で生徒会の用事であれこれ議論をしてイベントの企画などもする。家に帰れば、食事などでくつろぐ時間も惜しんで机に向かう日々。おお、なんと素晴らしい思春期だろうか。
ところが、実際は時間にもっと余裕も無駄もあったのであり、僕は毎日がテレビ三昧だった。当時のゴールデンタイムは、歌番組かドラマといったところが定番だった。我ながら驚くのは、当時流行した歌謡曲をほぼ思い出せることである。メロディだけでなく、歌詞までもスラスラと出て来る。
ネットなどない当時、流行曲を知るのはだいたいテレビかラジオであり、これはという時に、いかに集中して視聴していたかが分かる。
そして自分がもっと驚くのは、歌番組だけでなく、ドラマの中身もかなり覚えていることだ。どうやら、くつろぐ時間も惜しんで机に向かう日々というのは、記憶違いも甚だしいようだ。
先日、中学生のころに好きだったドラマのDVDを衝動的に「大人買い」してしまい、この週末に終わり近くまで一気に見た。そのドラマとは、倉本聰さん脚本、ショーケンこと萩原健一さんが主演する「前略おふくろ様」という下町人情劇である。
見始めたら止まらない。そして驚くことに、萩原さん演じる「サブ」のはにかんだ表情や、「前略、おふくろ様…」で始まるちょっぴり哲学的な独白の場面を、僕は脳みその芯から良く覚えていた。もちろん全てのセリフやストーリー展開ということではなく、このドラマは自分の一部となって溶け込んでいる、とでも言うべきか。そして、よく覚えているから「もう見なくてもいい」とは決してならず、不思議なことに50年近く前と同じ感覚で笑い、涙する自分がいた。
「サブ」は山形から上京した板前修業中の20代の若者であり、仕事に恋にと忙しい。寡黙で実直すぎる性格からか、いろいろなトラブルに巻きこまれてしまい、あちこちに挟まれて息苦しい毎日だが、それでも人の優しさに触れながら懸命に毎日を生きる。「北の国から」などで知られる倉本聰さんの脚本による傑作で、生きる悲しみや可笑しさのようなものが、今のドラマよりも長い(と思われる)カット割りで展開される。どこか切ないテーマ音楽のほぼすべてを、僕はもちろん口ずさむことができる。
報道の仕事に携わっているにもかかわらず、いや携わっているせいか、僕の休日の過ごし方は極めて牧歌的だ。低調な日本政治や、民主主義のタガが外れかねないトランプ大統領の言動、各地で起きている戦争や大災害(ミャンマーの地震は、紛争地であるがゆえに二重の悲劇だ)。解決が見えない問題の幾多を考え出すと、心が持っていかれそうになる。だから自分なりにバランスを取ろうとしているのか、散歩をして春の草花を眺め、それでも足りなくて小さな家庭菜園で植物を愛で、部屋ではネコを撫でながら、ニュースやドキュメンタリーというよりドラマの世界に没頭する。
さすがに、ネット配信のドラマで半日ほども過ごしてしまうと、もっと他のことに時間を使うべきだったかと後悔することがないわけではない。だが、こんどの「前略おふくろ様」については、腰が痛くなるほど長時間にわたって見続けたというのに、心はなぜかすがすがしい。それは昭和へのノスタルジーという言葉で片付くものとも違う。なんだか、人間って悪くないと思えたのだ。それどころか、歳をとることはむしろ豊かになることだという、とても前向きな気持ちになったのだ。
なぜって?自分の中には中学生の頃のみずみずしい感性がしっかりと生きていることが嬉しかった。若い頃の自分がそのまま存在するということは、自分は年月を経ても何も失っていないことを意味するのではないか。年齢を重ねるということは、決して引き算ではなく、単純に足し算だと考えればいいのだ。
小さな菜園で咲いているのは、白菜の花である。鍋に入れたりキムチにするあの白菜だ。ことしの冬は、思うように育ってくれなかった。寒さと極度の乾燥、そして虫にもやられた。その結果、おなじみの形に結球することはなく、春になって温かくなると、とうが立ってきて花をつけた。他の菜の花と同じ黄色い花である。
そもそも白菜は結球して人間の胃袋に入るものだというのはある種の固定観念なのであって、白菜だってキャベツだって、時期が来れば花をつけて種を宿し、次へとその遺伝子を引き継いでいく本能を持っている。いっそ、このまま種が取れるまで育ててみようか。
とうが立つというと、人間については残念な例えに使われることが多い。若い盛りの頃を過ぎてしまった、という意味合いで。だが、堂々とした白菜の花を見ながら、ここからが生き物としての勝負どきなのだと思う。その姿を、自分に重ねてみたのは言うまでもない。
きょうはセンバツの決勝戦だった。横浜対智辯和歌山。東西の横綱同士の戦いと言っていい。甲子園でプレーする高校生たちを見ると、僕は今でも自分のお兄さんたちの年齢の選手が戦っている感覚になる。投手の糸を引くようなストレート、微動だにしないキャッチング、流れるようなゴロさばきとスローイング。
「甲子園に出てみたかった」というよりは、「甲子園に出てみたい」と思う自分がいる。まさに中学生だった僕になっている。ふと我に返り、そんな自分がおかしくなる。
「前略おふくろ様」のキャストもかなりの数がこの世を去った。主役の萩原健一さんも、サブが尊敬する板前の先輩である梅宮辰夫さんも、兄貴分の小松政夫さんも、そしてサブの恋人役を演じた坂口良子さんも。さらには名脇役だった室田日出男さんや川谷拓三さんも。
名優たちは、死してもその姿と魂を、多くの人の記憶に刻む。ジャーナリストは、その姿ではなく、生きた時代の事実を歴史に刻む。
ドラマを見て中学生時代と同じ感動に身を包みながらも、年相応に大人びたことを考える自分がいる。
(2025年3月30日)