大越健介の報ステ後記

ポールダンサーとクラシックカーと
2024年11月02日

「ほら、オマエの好きなポールダンサーがいるぞ」
「どこだよ、ポールダンサーって」
「だからいるじゃん、あそこにかわいい子が」
「てか、そっちのポールかよ」

 日本語に訳せば、こんな会話である。この2人はフォーマンとスタインという名の、それぞれ19歳と21歳の大学生。場所はアメリカ中西部の名門、ミシガン大学のキャンパスである。
 2人は他愛もないダジャレで大笑いしていた。その視線の先には、背中に「POLL」とプリントされたTシャツを着て、女子学生たちが投票者登録を呼びかけていた。間近に迫った大統領選挙に行きましょう、という運動だ。
 蛇足かもしれないが、ポールダンサーというのは、セクシーないでたちで「POLE」、つまり棒につかまったり、からまったりしながら踊ってみせるダンサーである。2人の学生はつまり、「POLL」と「POLE」という、同じ「ポール」という言葉を掛けて大ウケしていたわけだ。

 ラフなスタイルの、どこにでもいる若者だ。ただ、頭にちょこんと乗せている小さな帽子のようなもののおかげで少しだけ目出つ。これはユダヤ教徒が信仰を示すためのキッパ―という丸い布地である。
「このせいで標的にはされやすいよね」
「そうそう。ここから図書館まで歩いて20分かかる。襲われなければいいけど…」。

写真1

 1年前、ハマスの襲撃によって多数の自国民を殺害、誘拐されたイスラエルのネタニヤフ政権は、ハマスの拠点のガザに容赦ない攻撃を加え続けている。攻撃はレバノンのヒズボラなど多方面に飛び火し、さすがに度が過ぎると国際社会の批判を浴びている。
 それによって思わぬ危険にさらされてしまったのが、フォーマンとスタインのような学生たちだ。ミシガン大学では、イスラエルに由来を持つユダヤ系アメリカ人の学生が、キャンパス内の路上などで襲われてけがをする事件が相次いだ。学生の自警団まで結成されるに至った。

 カメラを回してインタビューを始めると、彼らは急に表情を引き締めた。
 イスラエルとパレスチナのあまりに複雑な関係について聞くと、スタインは「政治的な見解はひとまず横に置いて、互いの共通点を模索して平穏をもたらすことできると思っています」と語った。「大学では、アラブ系もユダヤ系も一緒になってコミュニティを作っています。そんな私たちの世代こそが、新しい時代を切り開いていかなければなりません」とフォーマンが続けた。

 じゃれ合ったかと思うと、一転、真剣なまなざしを見せる。シンプルに、学生らしい学生である。
 ユダヤ教徒というと、僕は「何やら気難しい教義を唱える人たち」という勝手なイメージを抱きがちなのだが、若さというものは、国や宗教の違いを超えて共通である。考えてみれば当たり前のことだ。
 インタビューを終え、僕が感心して「あなたたちの話はとても論理的だったね」と言うと、2人は「っていうかプロフェッショナル?」、「だよね!」などと、やはり最後はじゃれ合いながら、「バイバイ!」と去っていった。

 固定観念や偏見には要注意である。
 片や、こちらはトランプ前大統領の岩盤支持層。僕はそうした人たちに、どこか恐ろしげなイメージを抱いていた。マッチョで星条旗模様みたいなバンダナを巻き、「アメリカは偉大だ。文句あるか!」とでも叫んでいそうな男性。いや、実際過去に何度かトランプ氏の集会を取材した際に、バンダナのみならず、タトゥーが入った太い腕で大きな星条旗を振り回す、いかつい男たちは複数いた。
 ところが今回、オハイオ州で会った48歳のフランコはちょっと違った。クラシックカー販売の会社を経営するフランコは、店舗の前に飾ったレアものの名車に、トランプ氏のマネキンを乗せてアピールするほどの支持者である。でも、話を聞いてみると、彼がトランプ氏を支持する理由は、庶民としてとても間尺に合ったものだった。

写真2

 「一生懸命に仕事をし、きちんと税金を払う。人のせいにせず、リスクは自分で取る。そういう人間はきちんと報われるべきだと思う。そんな当然のことを訴えているのはトランプしかいない」と彼は言う。公助はもちろん大事だが、自助の精神こそアメリカらしさなのだという、折り目正しい共和党員の考え方が根底にはある。
 トランプ氏が、「オハイオ州のスプリングフィールドでは、ハイチから来た移民がペットを食べている」と発言したことには、「政治家の発言には誇張はつきもの」と大人の反応だ。「それにしても移民に厳しすぎないか」と聞くと、「合法的な移民のことを責めるなんてことはしない。問題は違法に入国してきた移民だ。なぜなら法律に反しているのだから」と落ち着いた口調で解説する。

 若い頃は海兵隊に所属し、日本の岩国基地で4年間、任務に就いたことがあるという。その後警察官になり、やがて親友と共に今の会社を立ち上げた。そしてコツコツと努力して仕事を軌道に乗せてきた。典型的な「良きアメリカ人」の姿を見る気がした。
 取材のお礼に、日本から持ってきた新潟の酒の小瓶を渡すと、「ジャパニーズ・サケは大好きだよ」と喜んでくれた。僕らの去り際にはがっちりと握手をし、何度も手を振って見送ってくれた。

 考えてみれば、稀代のトリックスターであるトランプ氏だが、ただの変わり者というだけでこれほどの人気を維持できるわけがない。トランプ氏というタレントを巧みに演出する切れ者はいるだろうし、本人もまたそれを心得て舞台で踊り続けているのは容易に想像できる。だが、トランプ氏の魅力、あるいはトランプ氏が体現するアメリカ的価値を真っ当に評価し応援する、良心的な市民あってこその岩盤支持層とも言える。
 あまりに言動が破天荒で、この人が大統領に返り咲いたら世界は大混乱するのではないか、社会の分断がさらに広がるのではないかという懸念は消えないにしても、そこはアメリカ国民の審判を待つしかない。これだけの大国を築いた国民たちの一票の行方を、日本から心静かに見守ることにしよう。

(2024年11月2日 アメリカペンシルベニア州にて)

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