机いっぱいに資料を広げ、一方ではネットを探り、メモを取り、それを自分なりにまとめていく。この週末はそんなことをしながら過ごした。こんなにも長時間、机に向かい続けるのは受験生の時以来だ。
いや、受験生の時はなかなか集中力が続かなった。10分や15分もすれば、立ち上がってシャドーピッチングをしたり、ラジカセの音楽テープ(古い!)をあれこれいじってみたりと、せわしいことこの上なかった。還暦を超えて少し成長したのかもしれない。あるいは、単にこの作業を、僕は好きなのかもしれない。
机に向かっていたのは、衆議院選挙の開票特番「選挙ステーション2024」の準備のためである。番組は、当日の出口調査の紹介と大まかな結果予測からスタートすることになる。そして実際に票が開き始めれば、ひたすら開票速報を伝えることになる。徐々に明らかになる選挙区の情勢、どの党が躍進し、どの党が消沈するのかを的確に伝えていく。
結果は出てくる票に聞いていくしかない。キャスターの仕事は、正しく票に向き合い、票が教えてくれる民意の現在地を探り当てていくことだ。そう考えれば、あまり余計な予備知識を詰め込んでも仕方ないと開き直ることもできるのだが…。
でもやはり、大事な選挙、それも政権選択の衆議院選挙となれば、こちらとしてはそわそわと気持ちが落ち着かない。15日の公示から1週間足らずだが、投開票日までは1週間しかない。そもそも石破さんが総理大臣に就任したのが今月1日だから、ついこの前のことだ。「ちょっと急ぎ過ぎでしょ、石破さん」などとつぶやきながら、いそいそと資料と格闘する。そして自分なりのノートをパソコン上でこしらえていく。
ノートには、289議席ある全小選挙区の当落予測と、11ブロックに分かれた比例代表176議席の各党獲得予測が記してある。実はこの当落予測、僕の完全な独断である。だから世に出ることはない。
当落予測の根拠は、各選挙区の候補者の名簿と、前回結果のデータだ。そこに、このところの各党の支持率の推移や、知りうる範囲の地域特性を加味して判断していく。
もちろん、前回選挙とは戦う顔触れが変わっていたり、そもそも都道府県によって定員の増減や、選挙区の区割り変更があったりするので、一筋縄ではいかない。当たりはずれの幅は当然のことながら広いだろう。
でもそれでいいのだ。自分なりの判断で大胆に当落予測をしていくという、その作業に意義があると思っている。
この作業によって、各選挙区の特徴をつかむことができる。この選挙区はどの市や区からできているのか、農林漁業が盛んなのか都市型なのか、候補者を取り巻く環境に変化はなかったか(例えばいわゆる裏金問題などがそうである)、そもそも、その候補者の所属政党へは追い風が吹いているのかそれとも逆風なのか。
岡山で駆け出しの記者をしていたころ、県議会議員選挙があった。そのうちのひとつの選挙区を担当し、取材したことがある。当時の赤磐郡という郡である。赤磐郡は4つの町で構成されていた。
担当デスクは「選挙取材とは、その地域を知ることだ」と僕にはっぱをかけた。候補者はもちろんだが、選挙を支えるキーパーソンは誰か、どういうふうに人間関係がつながっているのか、結果としてそれがどう票に反映されていくのか、そして、候補者の評判はどうなのか。担当である県警の取材の合間を縫って、何日もかけて郡内の町を回り、様々な人に話を聞く中で、「選挙取材とは地域を知ることだ」という意味が分かってきた。
そして投開票の当日。僕は精一杯の「票読み」をして臨んだ。票読みとは、どの候補に何票入るかを事前に予測する作業のことである。
開票が進んでいく。自分の読みとピッタリの町もあれば、外れている町もあった。そして、ある程度、郡全体の開票が進んだところで、僕は自分なりの根拠をもって、しかし心臓をバクバクさせながら、ひとりの候補者に当確(当選確実)を打った。
幸い、この当確判定は間違っていなかった。
63歳になった僕が、受験生の時よりも熱心に、日本地図とにらめっこしながら当落予想をするのは、基本的に新人記者時代のこの作業と同じである。これまでのデータと地域特性などを考えながら、地図上を北から南へ、南から北へ、そして途中で折り返して、選挙区の当落を予想していく。
テレビ上で実際に当確判定をするのとはわけが違う。だから気楽なものだし、その作業にどの程度意味があるのかと聞かれると困るのだが、自分としては、これはある種のマナーだと思っている。国会議員のセンセイも、選挙に落ちればただの人である。時には有権者に罵声を浴びながらも、政治生命をかけて戦っている。支援者もしかりだ。それを伝える人間としては、せめて週末をつぶして分析作業にあたるくらいは、お付き合いをさせてもらう。
自民党総裁である石破総理は、自民・公明の与党あわせて、過半数である233議席を獲得することが勝敗ラインだと慎重な設定をしている。一方、野党第一党の立憲民主党・野田代表は、一気に与党を過半数割れに追い込み、政権交代を現実のものとしたいところだろう。
選挙区ごとに独断で当落予測をしているわけだから、それを集計したものは僕の手元にある。つまり、今回の選挙についての僕なりの票読みはとりあえずできている。
投開票日まで、あとたった1週間。だが、まだ1週間あるとも言える。何が起こるか、風がどう変わるかはわからない。自分なりの当落判定票は、各地から入る取材報告も加味して、毎日アップデートしていく。そして、当日、「選挙ステーション」のスタジオには持ち込まない。
自分なりの準備は一生懸命するが、本番ではそれを捨て去って臨む。インタビューにしても、選挙開票速報にしても、それが僕の仕事の流儀である。
(2024年10月20日)