大越健介の報ステ後記

エイプリル・フール
2024年04月07日

 日本は新年を2度迎える。ひとつは1月1日の元日。もうひとつが4月1日。4月の方は「新年度」であって年号は変わらないが、どちらも気分一新の感がある。そして、新年度の4月1日はエイプリル・フールであり、ウソをついても許される日(限度はあります。念のため)ということになる。
 このタイミングを、ちょっぴりいたずら好きな報道ステーションのスタッフが見逃すはずはない。プロデューサーが、「この日、MC陣はスタジオを空っぽにしちゃいましょう」と提案してきた。MC陣がニュースの現場に出て中継リポートをする。その代わり、普段は外の現場を取材で駆け回るリポーター陣でスタジオを固める。ある意味、攻守を変えてこの日の番組を展開しようというのである。

 「そいつは面白い。大賛成!」と、と僕は即答した。僕も、小木逸平・安藤萌々の両アナウンサーも、現場に出ることを大いに意気に感じるタイプだ。この日は、リモートを結んだ夕方の打ち合わせの段階から心地よい緊張感が漂っていた。

 僕は、番組冒頭から日本一の繁華街、東京・新宿の今を伝えることになり、歌舞伎町一番街の入り口から100メートルほどの広場に陣取った。コロナ禍などなかったかのように、街はごった返していた。新入社員の歓迎会帰りと思われる会社員らしき一団、外国人観光客、そして最近増えてきた10代の若い人たち。目に入るありのままを、「眠らない街・新宿。今夜も人々を飲み込み、きらびやかなネオンを放っています!」などと高らかに締めくくり、次の小木アナの中継にバトンタッチした。

 小木アナのテーマは物流の2024年問題。ドライバーの働き方にも時短をきちんと導入しようというものだが、物流に影響が出るのは避けられない。名古屋に向かう長距離トラックの助手席に同乗させてもらい、車中から中継リポートすることにした。
 車内には、スペースの関係でドライバーと小木アナだけである。ドライバーにインタビューしたいところだが、運転の邪魔になってはいけないので、据え付けた小型カメラに向かって小木アナの完全な一人語りだ。
 それでも、熱が入ったリポートだった。事前取材と、実際に車内で交わした対話の中から、ドライバーの本音をあまねく拾い上げていた。時間だけで区切られがちな働き方改革への違和感、日本の動脈を担うことの使命感が伝わってきた。

 そして安藤アナは、地震から3か月がたった能登半島の被災地・七尾市の和倉温泉からの中継だ。お正月の北陸を襲った大災害。安藤アナはひたすら、現地に取材に行くことを願っていた。現場の肌触りを知ることで、被災地のニュースを伝える言葉に、少しでも魂がこもるようにと。
 いまだ人の気配の見えない温泉街にあって、かろうじて営業を再開した小料理屋からのやさしい中継。大将や馴染み客たちの、はにかんだような笑顔が映し出される。温泉街を自分たちが立ち直らせるのだという真摯な願いが伝わってくる。被災は現在進行中だ。僕も再び、現場に足を運びたいと思った。

 もちろん、この日伝えるべきニュースはこれだけではない。そこで番組では少しトリッキーな手を使った。新宿での中継を無事終えると(酔客に絡まれないよう目つきの鋭さで定評があるデスクが現場を差配し、安全管理も万全であった)、僕は新宿での中継を終えた後、六本木のスタジオに帰る車中から、ニュースのリードを伝えることにしたのである。揺れる車内ではあるが、ここは自分が持つ言葉の力を信じ、心も目線も揺れることのないようにとカメラに向かった。こうした中継リレーは、映像や音声が途切れるといった技術的なリスクも伴う。しかし、わが技術スタッフは完ぺきな仕事をしてくれた。

 達成感があった。だが、いまだ番組が進行する中、六本木のスタジオに帰り着くと、その達成感は「うかうかしてはいられない」というわずかな不安に変わった。
 スタジオでは、普段は現場リポートが多い下村彩里アナと、わずか入社2年目の所村武蔵アナが、この日入ってきたニュースを落ち着いてさばいていた。僕が急いでスタジオの定位置に座ろうとすると、「お早いお帰りで」とでも言いたげな余裕の視線を送ってきた。
 ありゃ、ふたりのこの雰囲気、なかなかステキではないか。ふたり分の年齢を足しても僕の年齢には届かないというその若さ。にもかかわらず豊富な現場経験が醸し出す独特の落ち着き。このスタジオは「あり」なのではないか。こりゃ相当がんばらないと、僕なんぞスタジオからお払い箱になる日も遠くない(かもしれない)。

 こんなふうに新年度1日目の報道ステーションは無事、放送を終えた。そして、この日のチャレンジはそれなりの意味があったことを付言させていただく。
 このところのデジタル技術の進展は、報道の仕事にも大きな影響を与えている。コンピューター・グラフィクスを多用する演出などは象徴的な一例だ。そして、SNS上に流れる膨大な情報は、報道番組を展開する上での重要な端緒になる。だが、真偽を確かめる作業はおろそかにできない。そこを怠ると、フェイク・ニュースが入り込む隙を与えてしまうことになり、そこは両刃の剣となる。難しい時代なのだ。

 こういうとき、大事なのは原点に帰ることだ。ニュースで放送する以上、事実関係のウラは必ず取る。そして、可能な限り現場に足を運び、取材対象者の生の声に接し、自身の中に正確に取り込み、自らの言葉で伝える。
 MC陣自らが現場に飛び出し、スタジオとの新たなマッチングの形を示したのは、エイプリル・フールのいたずらでは決してなく、現場を大切にし、確かな情報を平らな言葉で伝えるという、新年度の決意表明と受け取っていただければと思う。
 ちょっと硬すぎたかな。例年より遅れて満開になった桜に免じてお許しを。

(2024年4月7日)

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