大越健介の報ステ後記

説明責任
2024年03月30日

 耳にタコができる、だけでなく、口にもタコができそうだ。
「説明責任を果たしてまいりたい」という政治家のうつろな言葉は、政治とカネの問題が起きるたびに、まさに耳にタコができるほど聞いたし、その映像も繰り返し伝えた。
 だから、キャスターのコメントとしては、なるべく同じ言葉を使わないようにしている。口にタコができるのは嫌だし、「説明責任を果たすべきだ」と叫んだところで、当の政治家たちはしょせん馬耳東風だろう。

 でも、説明責任はやはり大事だ。同時に、それを果たすのは簡単ではない。どの範囲まで説明すべきかどうかを含めて。政治家たちをかばうつもりはないが。

 小林製薬の紅麹原料を使ったサプリメントを摂取した人たちに、腎臓への健康被害が続出した。注目されたのが29日の小林章浩社長らによる記者会見だった。
 焦点は、同社が当初「未知の成分」と呼んでいた原因物質の正体。記者団の質問に対し会社側は、「明確に解明できていない」という答えに終始した。しかし、ある物質の名前が全く別の場所から飛び出した。会社側の会見が進行中だった午後4時過ぎ、厚生労働省が、「未知の成分」は、青カビから発生する「プベルル酸」である可能性が高いと明らかにしたのだ。それも、小林製薬側から受けていた報告として。

 この情報はすぐさま会社側の会見に出席していた記者に共有され、質問の矢が放たれた。会社幹部は度を失った。映像は、「プベルル酸」という化合物の名前を問われた時の驚きや戸惑いの表情を映し出していた。「えっ?その名前をなぜ…」とでも言いたげな表情を。
 結局、会社側は厚労省に報告していた事実を認めた。「なぜ自ら公表しなかったのか」という追及に対しては、「厚労省の皆さんなどからの意見がないと、1社では判断できないと思った」と釈明した。

 この場合の会社側の説明責任はどう考えればいいのか。
 会見を聞く限り、原因物質の特定は、もはや小林製薬だけの手には負えず、国の判断に委ねざるをえなくなっていたように見える。ならば会社側が、自ら「プベルル酸」という名前を出すことに慎重になり、結果的に国の公表を後追いする形になった事情は推察できる。
 少なくともこの日については、説明責任を果たしていない、と一方的に会社側を非難することはできないように思う。

 しかし、サプリ摂取との関連が疑われる死者が5人に上り、延べ114人が入院(29日現在)した深刻な食害だ。不安は広がり続けている。原因物質の特定と公表はある程度国に任せるにしても、会社に寄せられる被害の広がりや症状の特性など、会社としてできる限りの情報開示に努めてほしい。それは、人々の健康づくりに携わってきた企業としての、社会的な責任であり、義務だと思う。

 説明責任について、もうひとつ考えさせられたのが大谷翔平選手のことだ。通訳であり相棒だった水原一平氏をめぐる違法賭博問題で、大谷選手が記者団に対して説明を行った。
 手もとにメモを用意していたが、それを読み上げることをしなかった。メモに時おり目を落としながらも、正面を向き、自分の言葉で語っていた。自らは違法賭博に一切関与していないこと。韓国での開幕初戦の後、チーム・ミーティングで初めて水原氏が違法賭博への関与について語ったこと。水原氏が数々のウソをついていたことなど。
 だが、なぜ水原氏が大谷選手の口座にアクセスし、賭け業者に送金できたかという疑問は残った。

 大谷選手は説明責任を果たしたのだろうか。多くの人が彼の誠実な対応を疑わないだろう。一方で、疑問を残したまま、質問を受け付けずに会見場を去ったことには受け止めが分かれたのではないか。大谷選手は冒頭、「現在進行中の調査もありますので、きょう話せることに限りがあるということをご理解いただきたい」と述べたが、それで納得する人間ばかりではない。
 大谷選手には残された疑問がこれからも付きまとい、説明責任からは逃れられない。

 悩んだ挙句に、僕は大谷選手が会見をしたこの日の放送で少しずるい手を使った。こんなコメントをした。
 「段階的にでもよいので、大谷選手には、事実がより明らかになった段階で、再びファンに直接向き合ってほしいと思います。そして、大谷選手自身、しばらくストレスを抱えることになるかもしれませんが、それをものともしないような、はつらつとしたプレーを見せてほしいと、ひとりのファンとして期待しています」。
 キャスターという公人として説明責任を求めながら、ひとりのファンとして応援したいという思いに駆られて、こんなコメントをしてみたのである。ひとりで主語を使いわけるのは我ながらいただけないが、それがこの日の僕の限界だった。

 ことほどさように、説明責任と一口に言っても難しく、日ごろから、僕はこの言葉の曖昧さについてあれこれ考えてきた。そうした中で、自民党の実力者・二階俊博元幹事長(85)が行った会見には、思わず苦笑いしてしまった。政治資金パーティーで二階派の事務局長や秘書が立件されたことで、監督責任を取り、次期衆院選に立候補しないことを明らかにしたのだ。そして、政治倫理審査会などについては出席する意思がないことを、側近の林幹雄議員が代弁した。
 ところが、不出馬の理由は裏金問題なのか、年齢の問題なのかと質問した記者に対して、二階氏から、おそらく当初の想定のシナリオにない本音の言葉が出た。「年齢の制限があるのか。お前もその歳が来るんだよ」と言い放った後、「ばかやろう」と小声で付け加えたのだ。
 不適切にも程がある、とはこのことだろう。だが、昭和から平成半ばの政治の舞台を長く取材してきた僕は、なんだか妙な感慨に浸ってしまった。こういう人、少なくなかったなあと。そして、説明責任どころか、発言責任すら放棄したようなこの種の会見は、もう聞きたくないと強く思った。

 説明責任、やはり大事である。相手に同情すべき点があっても、口にタコができても、言うべき時は言わなければならない。「説明責任を果たすべきだ」と。

 (2024年3月30日)

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