大越健介の報ステ後記

ポドリャク顧問の憂うつ
2024年02月24日

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 ウクライナ大統領府のポドリャク顧問は、ゼレンスキー大統領の側近中の側近である。日本時間で日付が変わったばかりの2月21日未明、リモート・インタビューの約束の時間に少し遅れると連絡してきた事務官は、「本人に大統領から電話がかかってきたもので」と申し訳なさそうに言った。
 実際、ポドリャク氏はとても忙しそうだった。インタビュー中にも何度もメッセージが入るらしく、時おりスマホに目を落としていた。それでも質問には誠実に答えてくれた。

 僕にとっては3回目となる今回のポドリャク氏へのインタビューは、ウクライナがロシアに対して守勢に回る、不利な戦況の中で行われた。直前には、東部ドネツク州の要衝・アウディイフカが陥落している。一方のロシアでは、反プーチンの指導者だったナワリヌイ氏が不審死し、不穏な空気に満ちているが、それでもプーチン氏は3月の大統領選挙に向けて圧倒的な支持を固めていた。
 ナワリヌイ氏の死について、ポドリャク氏は、「私は突然死だと思っていません。政治的な殺人と言えるでしょう。その裏にプーチン政権がいるのは誰が見ても明らかです」と言い切った。「プーチン政権が、国際法やルールに従うことなく暴力と殺人を使って自分の政治を進めようとしていることが、誰の目にも明らかになった歴史的な瞬間だと思います」とも。

 その表情は、これまで2回のインタビューと同様、毅然とし、落ち着いていた。同じ民主主義の価値を重んじる国として、日本はウクライナの側に立つ。今はロシアの攻勢にさらされるウクライナではあるが、ポドリャク氏はプーチン大統領の暴挙を許さないという一点で微動だにしていない。戦況を案じていただけに、僕は彼の姿勢に安堵した。
 しかし、インタビュアーという仕事は、感情的に肩入れをすることでしばしば大事なポイントをスルーしてしまう失敗をおかす。

 ポドリャク氏は、プーチンが独裁体制を固めることへの嫌悪感と危機感を語った後、もうひとつの重大な懸念について語っていた。
 「3か国の同盟がよく見えています」と彼は強調した。「1月にハルキウへの攻撃に使われていたミサイルの中に、北朝鮮製のものがあったことが明らかになっています。さらに、ロシアの強い協力者がイランです。イランの場合は砲弾などではなく、無人機です。ドローンの提供がウクライナを悩ませています。北朝鮮もイランも世界の経済制裁を恐れておらず、孤立した北朝鮮、イラン、ロシアの3か国の同盟が世界を脅かしていると思います」

 ポドリャク氏は、ウクライナでの戦争が、大国ロシアを中心とした新たな同盟国グループを生み出したことは、この戦争がひたひたと世界を巻き込みつつあると警鐘を鳴らしたのだ。インタビュアーとしては、そこにもっと踏み込み、質問を重ねていくべきだった。
 ロシアと北朝鮮は、言わずと知れた独裁色の強い国家である。イランもシーア派のイスラム法学者による統制国家であり、いわゆる西側の民主主義国家群とは本質的に異なる体制を持っている。両者の体制間には、世界を分断する危険なミシン目が入っていると言っていい。
 プーチン大統領がウクライナとの戦いを制するようなことがあれば、他の独裁者たちも自信を深めてしまう。ミシン目が裂ける方へとさらに力が加わり、世界は極めて危険な状態に陥る可能性がある。
 ポドリャク氏は、世界のミシン目にまさに直面している。その危うさを、説得力を持って語れる人に違いない。それなのに、他に用意していた質問項目や時間配分を気にして、ポドリャク氏のパスに反応しきれなかったのが悔やまれる。

 とはいえ、優れたインタビュアーとは言えない僕の質問にも、ポドリャク氏が丁寧に答えながらインタビューは進行した。トランプ氏をはじめとするアメリカの共和党で、ウクライナ支援に否定的な気運が高まり、結果として支援の予算が枯渇している事態について聞いた。
 「ひとつアメリカ国民にわかってほしいのは、アメリカがウクライナ支援のために出してきた莫大な金額は、決してアメリカ国外に流れることなく、90%はアメリカ国内に残っていて、アメリカの産業に使われています。この戦争によってアメリカの武器市場も潤っていて、発展につながっている。それはアメリカだけでなく、多くの国々にもメリットがあると思っています」

 ウクライナへの武器支援は、兵器産業の発展となり、そのすそ野の産業も含めてアメリカ自体を潤している。そう説明することで、支援に難色を示すトランプ氏らを説得できるという論理展開だ。
 理屈としては通っているのかもしれない。しかし、これはいかにも苦しいと感じた。武器商人として儲けることを潔しとしない市民感覚もあるはずだ。それを、逆なでする可能性がある。
 ポドリャク氏のこの発言を聞いて、僕ははっきりとウクライナの苦境を感じた。そして、その苦境を招くことにつながった友好各国の「支援疲れ」をやるせなく感じた。なにより、公然と反体制派の勢力を排除し、兵士の命などかえりみず、ウクライナ侵略にまい進するプーチン大統領の歪んだ執念を呪った。

 ポドリャク氏は、東部の要衝・アウディイフカからの撤退についてこう語った。
 「ウクライナの戦線は非常に長く、1300キロにもわたります。敵の状況にもよりますが、それは当然動きがあり、場所によってはロシアが進んでいるし、逆にウクライナが多少前進している地域もあります」
 戦況は、全体的には膠着状態にある。長い戦線、長い戦争。疲れ、苦しんでいるのは何よりウクライナの国民である。プーチン大統領の蛮行を許さないならば、われわれはどう動くべきか。襟を正して原点に帰らなければならない。
 きょう2月24日で、ロシアによる侵攻、プーチン氏の言う特別軍事作戦からまる2年である。

(2024年2月24日)

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