ずいぶん前、僕が古巣の局でニュースキャスターをしていた時のこと。あるプロデューサーから言われたことがある。「大越さんは、政治家がゲストとして来ると表情が緩みますね。なんだか、『馴れ』が顔に出ちゃうというか・・・」。
「そんなことない。相手が権力者ならなおのこと、厳しい態度で対応するのがキャスターの務めだろう」と反論したのだが、しばらくして考え直した。このプロデューサーの指摘は的を射ていた。
それは政治記者だった期間が圧倒的に長い僕の経歴に由来する。初任地である岡山での4年間は警察などを担当したが、東京に転勤してきてからは、16年間も政治部というところにいた。その後4年間赴任したアメリカ・ワシントンでも、ほぼ政治のニュースを扱っていたので、政治が記者としての本籍地だとも言える。
ならば、政治を見る目はより厳しくなり、鋭いジャーナリスト精神を発揮すべきなのだろうが、人間というものは、長所がすなわち短所となり得る存在でもある。それがさきほどのプロデューサーの苦言ということになる。後で録画を見直すと、政治家がゲストで登場したある放送回では、僕は何とも言い難い笑みを浮かべていた。政治を知ったふうに振る舞い、結果として「馴れ」が表に出てしまう悪弊は、確かに指摘のとおりだったのだ。
だから自分では気をつけてきたつもりだ。だが、まだまだ悪い意味での「政治記者グセ」が抜けていないと思ったのが、今回の自民党の政治資金問題である。
派閥政治への批判が強まる中、岸田首相の出身派閥である岸田派に続いて、安倍派、二階派が相次いで解散を表明した。解散とは、それぞれが政治団体としての看板を下ろし、資金集めも所属議員への分配もやめるということだ。カネの切れ目は縁の切れ目だ。仮に親睦団体として残ったとしても、人事面での影響力も大幅に縮小されるだろう。
この3つの派閥は、議員から逮捕者を出した安倍派をはじめ、政治資金収支報告書の不記載で会計責任者が起訴(在宅、または略式)され、刑事事件に発展しており、その責任を取った形だ。
僕はこれを極めて大きな出来事だと感じた。自民党にとって派閥は「必要悪」だと僕は考えてきた。大所帯である自民党はある意味、「クラス分け」せざるを得ない側面がある。派閥が生まれることはやむを得ない面とすれば、派閥の解消は実際には難しく、政治資金規正法を厳格化などが「落としどころ」ではないかと思ってきたのだ。
それを、岸田首相自らが、党内の機先を制した形で自派の解散を打ち出し、二階派、安倍派の順に追随せざるを得なくなった。岸田首相としては久々のタイムリーヒットだ。
そうなると本籍地・政治記者である僕の思考回路としては、今後の岸田首相の政権運営が気になる。刑事事件に発展することのなかった麻生派、茂木派、森山派の中からは、「ウチの派は関係ないだろう」という不満が渦巻いているとも聞く。だとすれば岸田首相は、麻生副総裁、茂木幹事長という主流派の支えを失うことになりかねない。タイムリーヒットが一転して、スタンドプレーによって政権がぐらつく事態になりうるのではないか。
3派閥の解散というニュースを大きく取り上げることとなった19日金曜日。夕方の番組打合せで、僕は今後の岸田首相の政権運営について解説を展開すべきだと発言した。政権の安定の度合いは国民生活に多かれ少なかれ影響するからだ。
だが、次に発言した徳永キャスターや板倉アナの言葉に、僕ははっと立ち止まった。それは要約すると次のような中身である。
「3派閥の解散と言っても、果たしてどれほどの意味があるのか分かりにくい。今回の問題は自民党の政治資金の不透明さであって、派閥の解散という言葉によって焦点をぼかされてはいないだろうか」。
確かに、言われてみればその通りだ。ざっと考えただけでも、いろいろな論点がある。
・政治にかかるカネとは何か。有権者に対して政治家が自らの主張を訴えて支持を得るための、いわば広報宣伝費。選挙の際は特に。そこには地元の事務所の設営や人件費もかかる。
・有権者からの陳情、または意見を聞くための活動費。これをやり過ぎると、特定の企業、団体との癒着につながり、不正なカネにつながるから要注意だ。
・同業者との交際費。永田町での人脈づくりや情報交換は必要だと思うので、あまりとやかく言いたくはない。ただ、これが派閥の親分や幹部の丸抱えとなると(これを自民党では「派閥の人材育成機能」という特殊用語を使う)、それが結局、派閥政治の負の部分となる。
では、政治家はどうして必要なカネを手にすべきか。
・日本には寄付文化がなかなか根付かず、小口の個人献金の積み重ねにはあまり期待できない(その点、僕が2008年のアメリカ大統領選挙で見たオバマ氏への寄付はすごかった)。
・企業・団体献金は、派閥の政治資金パーティーをなくすことである程度は減額が見込まれるが、自民党そのものの政治団体である「国民政治協会」という組織があって、そこに多額の献金が行われている仕組みが存続している。そこに切り込むのかどうかも議論していい。
・国民の税金から支払われる、要件を満たした政党への政党交付金。これで政治資金を全額賄えという議論もある。ただ、前にも書いた通り、政治活動の自由は民主主義の根幹のひとつであり、国家にぶら下がるのは違うと僕は考える。
実はこうした議論は、今週が本番なのである。岸田首相が「岸田派の解散」という奇襲作戦?に出て、そちらばかりに目が向いていた。派閥の解散はゴールではない。
僕の本籍地は政治取材である。政治家の動向を追い、権力構造の変化に敏感になるのはメディア人としての僕の特徴である。一方で、僕は多くの視聴者の目線に、より敏感になり、政治への素朴な疑問を代弁する立場にもある。むしろ、現住所はそちらだ。
今週は通常国会も召集される。政治とカネの問題にとどまらず、各地の戦争で激動する中、アメリカ大統領選をはじめとする選挙イヤーで変動する世界情勢、物価高と賃上げ、新しい段階を迎えつつある安全保障。
分かったふうに見るのではなく、ひとりの国民としての内なる疑問に素直になり、ニュースの水先案内人を務めたいと思う。
(2024年1月22日)