大越健介の報ステ後記

地震現場にて
2024年01月07日

 1月5日、金曜日の午後。
 その自衛隊員は、夜明け前の午前4時から大きな重機を操り、道路の補修にあたっていたという。破断した道路は、こうして応急の補修をするものなのかと初めて知った。

 元日早々に起きた震度6強の地震によって、石川県珠洲市の山中を抜けるこの道路は、路面を横断する形でアスファルトに大きな亀裂が入っていた。高さが30センチメートルほどの段差ができ、こうなると普通の車は越えられず、僕たちの取材クルーはその前で足止めだ。この先で陸上自衛隊が「道を作っている」との情報でここまで来たのだが、そのとおり、向こうから一台のショベルカーが坂道を下ってくると、段差の補修作業を始めた。

 ショベルで、断裂した付近前後2メートルほどのアスファルトを剝いでいく。次にそれを細かく砕いたかと思うと、キャタピラで地ならしをする。細断したアスファルトを「原料」にする形で段差をならし、何とか車が通ることができるようになった。たったひとりの20分くらいの作業だった。プロの仕事である。
 「きょうで何か所、道路の補修をしたんですか?」とたずねると、「数えきれないくらいです」と隊員は淡々と答えた。

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 これで山を越える道路の一本が通行可能となり、日本海沿いにあるいくつかの孤立地区へのアクセスが可能となった。そして、僕たちが取材した道路沿いにある小さな展望台が、たちまち物資供給の中継地点となった。食糧や水、毛布などの物資を積んだ4トントラックがやってきて、孤立地区の住民が軽トラックに積み替え、それぞれの避難場所へと散っていった。
 「少しだけ希望が見えた」と語る住民の声に、こちらも救われた気分になる。

 だがこの時点で、発災からすでにほぼ4日が経っていた。つまりこれまでの4日間、孤立地区には、わずかな希望の光すら届かなかったことになる。海に囲まれ、山の多い能登半島は、支援しづらい地理的な困難を抱えていることを実感した。土砂崩れなどによって道路が寸断され、孤立した地区が生まれやすい。今回の地震はその影響がもろに出てしまった。この時点で石川県内の死者は94人、安否不明者は222名に上ったが、全体像の把握には至っていない。

 「自分たちが若いころ、スレート屋根の家なんか作ろうとすれば、オヤジの世代に『なんで瓦葺きにしないんだ』と怒られたものだ。湿気が多く、屋根が腐食しやすい北陸は、家に頑丈な瓦を使う必要があったからね」と、ドライバーが道すがら語っていた。彼は能登半島の付け根にある羽咋市の出身だという。
 だが、それも裏目に出てしまった。今回の地震では、瓦に押しつぶされた形で倒壊した家が目立つ。頑丈な瓦に守られて生活してきた住民が、皮肉にもその瓦の下敷きになるケースも多かったと見られる。

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 ほぼ壊滅状態となった漁港近くの集落では、83歳の女性が落ち着かない様子で家を見回っていた。母屋はかろうじて原型をとどめていたが、とても住める状況ではない。元日の震度6強の後も、地震は止むことがなかった。全壊した隣家を指さしながら、女性は「1日の地震ではここまで壊れていなかった。余震のせい。恐ろしい」と語った。
 そのとき一匹の猫が壊れた家の間を走っていくのが見えた。模様が似ているせいか、「ウチの猫かな?」と、その顔が一瞬輝いた。だが、付けている首輪の色が違っていたらしい。彼女は残念そうな表情を見せたが、それも束の間、壊れた家の方に再び歩いて行った。心ここにあらずの様子だった。

 珠洲市役所では、職員のほか、全国から応援に駆け付けた警察や消防、自衛隊の連絡要員が慌ただしく行き交っていた。廊下に出てきた泉谷市長に少しだけ足を止めてもらい、話を聞いた。「市内の約6千世帯のうち、仮設住宅を必要とする世帯は4千世帯、もしかしたらそれ以上かもしれない」と言う。地震の多い土地柄、仮設住宅の建設候補地は事前に想定していたそうだが、「完全にキャパオーバーです」と被害の甚大さを語った。ただ、物資がようやく回り出したことに安堵の表情も見せていた。

 この日の放送は、珠洲市内を取材したVTRとともに、中継でリポートした。リポートを終え、撤収作業をしていると、市役所に避難していた被災者の男性が近づいてきて「気持ちのこもった報道をありがとう」と声をかけてくれた。
 われわれ報道機関は、こうした鉄火場の被災地では、時に迷惑な存在になり得る。だが、細心の注意を払い、取材して伝えることにはやはり意味がある。そう感じられて嬉しかった。

 その日の晩も被災地で過ごした。そして、朝5時過ぎには緊急地震速報で起こされた。地震災害はまさに現在進行形だ。
 きょうは7日の日曜日。僕たち取材クルーは金沢市に入り、態勢を立て直している。ヒゲをそり、洗濯をし、月曜日はまた能登半島に入る。今夜から大雪になりそうだ。態勢の立て直しどころではない被災者たちに、容赦なく寒さが襲い掛かっている。
 死亡が確認された人の数は128人に増えている。
 心して取材にあたらなければならない。

(2024年1月7日 日曜 金沢にて)

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