大越健介の報ステ後記

しっぽが犬を振り回す
2023年10月05日

 10月4日の放送の最後、「しっぽが犬を振り回す」という、我ながら突飛なコメントで締めくくってしまったので、おわびがてら言い訳をさせていただく。

 毎回、放送が終了する23時5分までの数十秒、いわば番組の「締め」の最終枠があり、スタジオに進行が委ねられる。番組展開次第で、2~30秒の時もあれば1分前後のこともある。内容はいろいろで、その日の気になるニュースを振り返ることもあるし、災害の恐れがあるときは気象予報士の眞家さんに再登場願うこともある。
 速報を伝えることも多い。3日の晩には、円安が進んで1ドル150円台につけたという一報が入り、30秒弱残った最後の枠に「突っ込み」で伝えた。

 さて、4日の晩である。この「締め」の枠が50秒ほど残る見通しとなった。この日の担当デスクは、番組途中、「最終枠では、若手の安藤アナが気になったニュース項目について、大越キャスターに自由に質問をぶつけてもらおう」という無茶な提案をしてきた。安藤アナは、「わかりました」と、わずかなCMの間に何やら質問を考えている。
 この日は、アメリカ連邦議会のマッカーシー下院議長が、史上初めて解任されたというニュースを伝えた。マッカーシー議長に対しては、身内であるはずの共和党の保守強硬派から解任決議案が出され、これに政権与党である民主党が賛成する異例の形で可決された。

 つい先日、マッカーシー議長は、与野党対立で本予算が通らず、政府機関が停止する事態を避けるための「つなぎ予算」の成立に尽力したばかりだった。民主党のバイデン政権にとっては恩義に感じてもいいはず。それなのに、なぜ、民主党は解任に賛成したのか。
 安藤アナは、夕方の番組打合せの中でそのことへの疑問を口にしていた。安藤アナはこのテーマで聞いてくるに違いない。短いCMの間、僕もその質問を想定して答えを考えてみた。番組終盤のスポーツコーナーで和んだ後の、スタジオの静かな神経戦がここにあったのだ。かっこよく言えば。

 CMが終わり、番組終了まで46秒。果たして、安藤アナから「なぜ民主党が共和党の保守強硬派に乗ったのか」、という質問が来た。よしきた!実はアメリカ議会の混乱について、僕は前から気になってニュースをそれなりにフォローしていたし、アメリカ事情に詳しい知人の話も聞いていた。
 安藤アナの質問に対し、「民主党はマッカーシー議長に味方してもよさそうなものですよね」と余裕で受け止める。気分はまるで池上彰さんである。「いい質問ですね」と言おうと思ったがさすがにやめた。おっと、余裕をかましていたらこの時点で番組終了までもう25秒しかない。

 「ただ、つなぎ予算の成立では、確かに民主党も救われた面はあったとしても、それまでのマッカーシー議長は、民主党からは嫌われ者だったんです」。時間が迫ってきて、アドリブにせよ、我ながら言葉が荒くなってきたが、言い直している暇はない。
 「マッカーシー議長は、バイデン大統領に対して弾劾訴追の調査を開始したり、民主党からすれば恨みもあって…」と説明を続けようとしたが、あれれ、フロアディレクターの指折りカウントが始まった。そんな説明している時間はない。もう番組終了まで10秒を切っている。

 焦った。
 「民主党にとってもこれは賭けですね…。犬がしっぽを振り回すのではなく、しっぽが犬を振り回すことになってしまいました」とコメントしたところで番組終了となった。これは明らかに意味不明な返答になっているではないか!
 「らーらら ららーらら らー ぴろりん」(僕には番組のエンディング・ミュージックはこう聞こえる)。

 終了後、「やっちまった!」という顔を小木アナに向けると、「同情しますよ…」という表情で返してくれた。
 民主党にとっても賭け、という意味は伝わったかもしれない。今回の解任劇で議会の混乱は前代未聞のものになりそうだ。つなぎ予算が切れれば国家予算がまた空白状態になりかねず、アメリカの国民生活も、世界経済をも混乱に巻き込みかねない。それの批判を背負うことを覚悟で。民主党は議長の解任動議に賛成したのだから。

 ところが、その後の「しっぽが犬を振り回す」というのは、いかにも突飛だった。つまりはこういうことを言いたかった。
 身内である共和党議長を「切る」実行部隊となったのは、わずか8人の保守強硬派であり、400人以上いる下院議員のごく一部だ。犬の身体に例えれば、せいぜいしっぽ程度の割合でしか過ぎない。しかし結果として、本来は敵方である民主党がこぞって同調し、解任動議は可決された。
 犬がしっぽを振り回すのは普通のことではあるが、つまり、今回はしっぽが犬を振り回したことになる。しかし、それだけの説明をするには、もう30秒は必要であった。なのに、あれもこれも言おうとして意味不明のままエンディングを迎えたのは、キャスターとしての僕の未熟さであった。
 番組終了後、プロデューサーが、「まあ、よく噛みしめればわからんでもないです、ね」などと微妙な慰め方をしてくれたが…。しゅん。

 家に帰ると、コタローが椅子の上で寝ていた。「コタロー」と呼んでも起きはしない。シッポだけが反応していた。もう少し大きな声で「コタロー!」と呼びかけると、もう少し大きくシッポを動かした。
 いかにも猫らしいツンデレぶりだが、彼なりに僕を励ましてくれているようだ。さあ、明日からまたがんばろう。

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(2023年10月5日)

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