大越健介の報ステ後記

想定を超えてゆけ
2023年07月31日

01

 台湾への出張取材を終えて荷物を片付けていると、いつの間にかコタローがトランクの中に入り込んでいる。「今度はボクも連れて行ってね」とせがんでいるみたいだ。
コタローは、空のトランクを見ると必ず入り込む習性がある。だからこの光景は想定内である。キミの行動は読まれているというわけだ、コタロー。

 コタローの動きと違って、ニュース企画やドキュメンタリーのロケ(取材)の場合は、そうはいかない。当然、事前のリサーチには力を入れるし、それが十分であればロケは順調に進む。それでも、現場ならではの想定外の発見が多い方が面白いし、僕は想定を超えるロケをしたいと、いつも思っている。

 報道ステーションでは7月22日から25日にかけ、台湾でのオペレーションを展開した。海峡を挟んで威圧を強める中国に対し、台湾はどう向き合うのかという、まさに東アジアの生命線とも言えるテーマだ。
 この日、中国人民解放軍の侵攻を想定した、年一回の全市民参加による防空演習が行われた。空襲警報と同時に、近くの地下シェルターに市民が一斉に避難する訓練だ。車を運転中なら乗り捨てる。バスも緊急停車し、乗客は降車して地下に駆け込む徹底ぶりだ。中心都市・台北市内だけでも、避難に使われるシェルターは、地下鉄の駅など4600か所以上ある。

 もちろん、日本を出発する前からそのことは調べていた。だが、演習を実際に取材すると、背筋が「ぞわっ」とする感覚に捕らわれた。衝撃は想定を超えるものだったのだ。
 心臓部である台北駅前に陣取り、空襲警報が鳴る午後1時を待った。定刻が近づくと、市民が慣れた様子で地下へと移動し、店舗はシャッターを降ろし始めた。
 そして、けたたましい空襲警報が鳴った。僕とカメラマンは、サイレンのスピーカーのすぐ近くにいたので、まずはその大音声に飛び上がった。そして、地上にいた最後の市民たちも、みな地下へと駆け込んだ。

 そこに残ったのは、不思議な静寂だった。
 さっきまで歩いていたはずの人がいない。車はハザードランプをつけたままほったらかしだ。近くの人影と言えば、取材許可証を手に入れることができた僕とカメラマンの2人だけである。街は人の営みがあってこその街なのに、あっという間にもぬけの殻だ。
 わずか数分で、大都会を空っぽにしてしまうという、市民のある意味での「熟練」に、僕は驚きを覚えた。台湾の人々が、心の底で認識している「有事」の姿がそこにあった。僕はカメラに向かい、目に映るものを描写し続けた。まるで静寂を怖れるかのように。

 台湾の人々に刻み付けられている防衛意識は、高い政治意識にもつながっている。前回の台湾総統選挙の投票率は、75%に上った。
 そして台湾は、半年後に再び総統選挙を迎える。台湾では、大陸・中国からの独立志向が強い民進党と、対中融和姿勢をとる国民党という、2大政党がしのぎを削る構図が続いてきた。だが、今回は変化が出ている。民衆党という、防衛力の整備と中国との実務的な対話の両立という、中道路線を掲げた政党が、急速に存在感を増している。その原動力となっているのが政治の刷新を目指す若い世代だ。

 もちろん、そのことも事前にリサーチ済みだ。そこで、街でいろいろな若者たちに、実証的に街頭インタビューをすることにした。場所は、台北の西門町。東京で言えば原宿のような、若い人たちが集う最先端の街である。路上パフォーマンスを繰り広げるグループがいた。奇抜なファッションで着飾ったカップルも。そうした若者たちが、しっかりと政治を語る姿が新鮮だ・・・というか、そうなる想定だった。

02

 しかし、現実はそうはいかないものだ。
 インタビューをしようと、「日本のテレビ局です」と声をかけるのだが、大概はスルーされてしまう。なかなか取材成果が上がらず、取材チームに焦りの色が浮かぶ。
 ここで、今回の企画の立案者でもあるデスクのN君が、勝負の一手を打ってきた。路上で途方に暮れていた僕に向かって走ってきて、「すぐあの女性たちにマイクを向けてください。インタビュー、受けてくれるそうです!」と言う。見ると、セーラー服を着たコスプレ姿の2人連れだった。「年齢、若すぎない?」と聞くと、「大丈夫!2人とも20代。選挙権、あります!」とN君は興奮気味だ。

03

 ならばと、選挙への関心などについて2人に質問をしてみた。しかし、会話ははずまない。選挙とかは「関心ない」そうだ。空振りである。「時間を取らせてごめんね」と謝って別れようとすると、彼女たちは気の毒そうに僕を見て、「東京恐怖学園」という、納涼イベントのチラシをくれたのだった。
 デスクのN君は、セーラームーン女子が語るハイレベルの政治論議、というギャップとインパクトに期待したに違いない。その気持ちはよくわかる。まあでも、現実とはそういうものだ。政治に関心がない若者が一定数いるのは当たり前だし、思いどおりにことが進んだらむしろつまらない。
 
 がっかりしたN君はそのまま納涼イベントへと消えてしまいそうな様子だったが、その果敢な挑戦がきっかけとなり、以後の取材成果は相当なものとなった。台湾のお家芸である半導体産業で仕事をする若い男性や、小さな子ども連れの夫婦など、面白いように生き生きとしたインタビューがとれ、台湾の人たちの政治意識のありかを探ることができた。

 台湾の総統選挙は来年の1月だ。その時にはまた取材に来たい。デスクのN君は、さっそく取材計画を練り始めている。民進、国民、民衆という3党の候補による激戦に胸を躍らせながら。
 しかし、事態は想定どおりに進むとは限らない。なにより、台湾の未来を決めるのは台湾の人たちに他ならないのだから。

(2023年7月31日)

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