大越健介の報ステ後記

花とおじさん
2023年04月02日

 まったくもって、春という季節は油断がならない。生まれてからもう60回以上も春を経験しているはずなのに、いつもこの季節になると、よほど気をつけないとぼーっとして、思考が停止してしまう。
 
 願わくは花の下にて春死なん その如月(きさらぎ)の望月の頃
 
 ここで言う花とは桜のことを指す。
 西行法師がこの歌を詠んだ時には、もう老境に入っていたとされる。和歌につきものの修辞的技法など、あり余るほど持ち合わせていたはずだ。それなのに、桜の圧倒的な魅力の前に、言葉の細工など無意味であると言わんばかりに、老僧はただ嘆息する。「できることなら桜の下で死にたいものだ」という、この表現のシンプルさはどうだ。
 
 桜前線は急速に北上中だが、東京郊外のお馴染みの散歩道を歩くと、この週末でも十分に花を楽しめた。
 小高い丘陵はにぎやかだ。山桜が盛りである。茶色く沈黙していた他の木々にも新緑が芽吹いている。それを眺める僕に向かって、遊歩道に植えられたソメイヨシノが盛んに花びらを散らしてくる。夢の中にいるようだ。

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 松尾芭蕉も、桜をめぐっては実にわかりやすい句を詠んでいる。

 さまざまの事思ひ出す桜かな

 故郷の伊賀上野を訪れ、早逝したかつての主君を思って詠んだ句と解説されているが、鑑賞は自由にさせてもらうとしよう。桜の前では、芭蕉ですら思考停止に陥っている。いろいろな思い出だけが頭の中を駆けめぐり、なす術がない。僕にはそんなふうに思えてならない。
 
 人間の思考を停止させてしまう春。実に危険だ。
 政治の世界では、ちょうど年度予算が成立する時期にあたることが多い。時の政権にとっては、大きな荷物を降ろしてほっとした気分も手伝うのか、大風呂敷を広げたくなる時期でもある。
 
 政府が「異次元」の少子化対策の試案を示した。
 経済的支援やサービスの充実を列挙しているが、項目の羅列に目がクラクラする。この中のいくつかでも、少子化の流れを食い止める妙薬になってくれれば良いのだが。
 それにしても、並んだ政策を実行するのに、お金は一体いくらかかるのだろうか。エイヤッと風呂敷を広げたのはいいが、後になって「いやあ、費用のことはすっかり忘れてました。てへっ!」などと、すっとぼけられてはたまらない。あるいは、昨年末の防衛増税論議のときのように、「結論、先送り!」とぶん投げられても困る。
 まあ、賢明な政府・与党の皆さんのすることだから、心配するのはよそう。
 
 気を取り直して散歩を続ける。桜を仰ぎ見てばかりいたので、もう少し視線を下げてみよう。今度は濃い黄色の花々が目に入ってきた。鮮やかだ。愛用のスマホのアプリで調べてみると「ヤマブキ」だった。

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 子どもの頃、24色のクレヨンを買ってもらうと、「やまぶきいろ」と書かれた1本が、黄色のとなりに並んでいた。当時から絵心のなかった僕は、黄色と「同じような色」くらいにしか感じなかったし、実際使ったかどうかも覚えがない。だが、こうしてまじまじと本物を見ると、「やまぶきいろ」とは本当に、「ヤマブキ」の色なのだと納得する。

 こうして野山をゆっくりと歩き、植物に目を凝らすだけで、実にバラエティに富んだ発見があるものだ。路傍で何度も見かける花があった。指先ほどの小さな青い花弁だが、中心部だけが白くなっている。

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 名前を「オオイヌノフグリ」という。可憐なこの花に、なぜそんな名前を付けたのか。気の毒というものだ(名前の意味を知りたい方は各自、検索をお願いします)。

 それこそ道草を食いながら散歩をしていると、普段は1時間のところを1時間半、2時間のコースに3時間を要する。しかし、それが無駄に感じられないところが、春の春たるゆえんだろう。爛漫の春は、人の時空の感覚をも麻痺させる。

 永田町ではいま、解散風が吹いているらしい。
 岸田内閣の支持率が持ち直し、衆議院選挙に打って出るなら今だ、という空気が生まれ、議員の間に広まる中で風が吹いたらしい。解散が「専権事項」であるとされる岸田首相自身がどう考えているかはわからない。
 ただ、前回の衆議院選挙からまだ1年半しか経っていない。4年の任期の折り返し点にも来ていないこの時期の解散は「邪道」だと、ある政治部記者は言った。僕もほぼ同感だ。少なくとも、少子化対策にしても防衛力整備の問題にしても、有権者に判断材料をしっかり示したうえで信を問うべきではないか。
 岸田さんが、春の風に吹かれて時空を超えてしまわないことを願う。

 家に帰ると、飼い猫の「コタロー」が日向ぼっこをしていた。前あしの角度が、こまわり君の「死刑!」のギャグみたいだ(昭和の漫画です。知りたい方は各自、検索をお願いします)。

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 その姿を見ていると、春は危険だとか、時空の感覚を麻痺させるとか言いながら、そこに永田町の話を絡めてネタにしたがる自分がばからしくなった。春くらい、何も考えずに花を眺め、お日さまに当たるのもいいものだ。
 散歩のし過ぎで少し疲れた。コタローの横で昼寝でもするか。
 
(2023年4月2日)

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