大越健介の報ステ後記

小状況は大状況を映し出す
2023年03月20日

 今回のコラムは、何といってもWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のことを書きたいなと思ったが、ちょっと早いと考え直した。今この時点(3月20日月曜日)では、まだ侍ジャパンは準決勝を控えている。だからWBCのことは来週に回すとしよう。トーナメントを勝ち抜いて優勝してくれることを信じつつ。

 それに、17日金曜日の放送で日韓首脳会談のことを伝えた際、スタジオで徳永有美アナウンサーがつぶやいた言葉にハッとした。「世界がそれだけ動いている、っていうことですよね」という言葉。日韓の二国間関係の動きは、世界の激動と無関係であるはずがない。小状況は大状況を映し出す。今回もその例に漏れないのだと思ったのだ。

 岸田文雄首相と韓国のユン・ソンニョル大統領との首脳会談は、それまでの両国の「塩対応」から打って変わって、友好ムード満載となった。国内世論の反発を押し切り、元徴用工の問題に自ら終止符を打つとした、ユン大統領の決断には敬意を表したい。その決断に応え、夕食会では首脳同士では珍しい「二次会」までセットして、文字通り胸襟を開いて酒を酌み交わした岸田首相の対応は、酒豪と言われる首相の面目躍如の感があった。

 率直に、嬉しいと僕は思った。
 1998年。僕は首相官邸詰めの記者として、当時の小渕恵三首相、キム・デジュン大統領による日韓共同宣言を取材した。キム大統領は、根強い反日感情を和らげる具体策として、それまで流入の扉を閉ざしてきた日本の大衆文化を、段階的に受け入れることを表明した。
 この時を節目に、韓国の人々が日本のアニメに親しみ、日本の人々(僕も含む)が韓流ドラマにハマるのは日常の風景となっていった。互いの文化へのリスペクトが育まれ、観光客も増えたことで、市民レベルでの両国の垣根はずいぶん低くなった。その意味で、今回の政治的な雪解けは、ある意味自然な流れと言えるのではないか。

 だが、当然ながらそれだけではない。僕は、かつての自分のなつかしい取材経験に、侍ジャパンの活躍ぶりへの興奮も重なって、少し感傷的にニュースを見ていたかもしれない。政治的な雪解けを、自然な流れと捉えることが間違っているとは思わないが、そこには世界の激動が大きく影響しているという、客観的な視座がおろそかになりがちだった。小状況は大状況を映し出すのである。

 日韓両国の歩み寄りの背景には、当然のことながら不穏な北東アジア情勢がある。特に、共通する脅威は北朝鮮だ。北朝鮮は日韓首脳会談が行われる日の朝、日本海に向かって大陸間弾道弾(ICBM)級のミサイル発射を行った。「またやってるよ」、「あいさつ代わりの一発でしょ」と受け流す向きもあるだろう。だが、これだけの頻度で発射を繰り返し、練度を挙げたミサイル技術は、もはや「実験」を越えて「実戦配備」の段階に入っていると見られる。ウクライナ情勢に世界の関心が集まる今は、北朝鮮にとってはむしろ好都合ともいえる。脅威は差し迫っており、日韓がいがみ合っている場合ではない。それは、アメリカからもずっと釘を刺され続けてきたことでもある。

 ここに中国という要素が加わる。日本と韓国では、台湾有事などのケースへの向き合い方に温度差はあるが、中国がアジア・太平洋地域のゲーム・チェンジャーとして振る舞えば振る舞うほど、アメリカとの対立は先鋭化し、日韓ともに横波をまともに受けることになる。

 そうしたさなかに、中国の習近平国家主席が、ロシアを訪れてプーチン大統領と会談することが明らかになった。ロシアはウクライナへの侵攻をやめず、国際秩序に公然と異を唱える。プーチン大統領に対して、国際刑事裁判所が戦争犯罪で逮捕状を出す異例の事態だ。
 また、ウクライナ支援に懸命なポーランドが、戦闘機の供与を表明するなど、戦火は収まるどころか、さらなる激化すら予想される。その渦中にあるロシアに対し、中国が手を差し伸べるのではないかと、アメリカなどは疑心暗鬼である。

 そのアメリカはと言えば、来年の大統領選挙が視野に入ってきた。高齢のバイデン大統領が求心力を保てるのか。対する共和党は、ウクライナ支援にあまり深入りすべきでないという声も強い。
 その大統領選挙を意識してか、トランプ前大統領が、自らが逮捕される可能性があるとSNS上に投稿し、騒ぎになっている。元ポルノ俳優に口止め料を払ったとされる案件だそうだが、トランプ氏に対してはいろいろな捜査が進行中で、正直、どれがどうなっているのやら。トランプ氏は、検察側の違法な情報漏洩だと激高し、またぞろ「アメリカを取り戻せ」と支持者に抗議を呼び掛けている。この人は場外乱闘が大好きらしい。

 大国が内向きになり、国際秩序を維持するだけの存在感を失えば、そこには力の空白が生まれる。空白が生まれればバランスが崩れ、ひずみが生まれる。ひずみにたまったエネルギーが爆発すれば、あるいは、空白を誰かが力ずくで埋めようとすれば、それは多くが戦争の形を取る。結果的に失われるのは人間の命であり、暮らしである。

 こう考えていくと、心配のタネは尽きない。
 一方で人間は、共通のルールに従って、フェアに力を競い合うことができる存在でもある。それを証明してくれるひとつがスポーツだ。だから僕たちはスポーツを必要としている。娯楽としての価値とともに、スポーツが僕たちに教えてくれるものはとても大きい。
 だから、というわけではないけれど、まずはWBCの試合を堪能しよう。
 侍ジャパンは、日本時間の明日21日、1次リーグでアメリカに大勝したメキシコと準決勝を戦う。そして1次リーグでメキシコに敗れて覚醒したアメリカは、準決勝で強豪キューバに大勝し、決勝で腕まくりして待ち構えている。
 あー、楽しみだ。早く明日にならないかな。
 スポーツに興奮してみたり、世界に悲観的になったりと、小さな僕の胸は張り裂けんばかりなのである。

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(2023年3月20日)

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