大越健介の報ステ後記

「いじげん」な対策
2023年01月23日

 1月4日の岸田首相の年頭会見で、「異次元の少子化対策」という言葉が初めて出てきたときはぶったまげた。「異次元」をここでぶつけてくるか。
 安倍政権では、「異次元の金融緩和」という言葉が生まれた。その時は理解できた。たぶん、お金という、罪深くも超現実的なモノが対象だったために、多少「盛った」表現であっても飲み込むことができたのだと思う。
 ところが、子どもを産み育てるという、人間の根源的で崇高な行為に対してはいかがなものだろう…。まあ、「言い方が気に食わない」というだけでケンカを売るのはフェアではない。言葉の好き嫌いは別として、経済社会政策の一環としての少子化対策について考えてみよう。

 政府は19日、「異次元の少子化対策」の策定にあたる関係府省の初会合を開いた。その中では、今後の対策についての3つの方向性が示された。
① 児童手当などの経済支援
② 幼児・保育サービスの拡充
③ 育児休業の強化や働き方改革
 ふむふむ、という内容だが、新味がないと感じるのは僕だけだろうか。こういうのって、過去にも盛んに叫ばれてきたはずだ。それでも少子化に歯止めがかかっていないからこそ、「異次元で行きます!」と見栄を切ったのだろう。その割にはパンチ不足ではないか。

 いけない。どうもケンカ腰になってしまう。ここは冷静になって、実際の子育て世代である、報ステのスタッフから相次いだ意見を紹介しよう。
 彼らの多くは、小中学校や高校に通う子どもがいる世代である。いまの学費もさることながら、これから大学まで通わせることを考えると気が遠くなりそうだと言う。思い起こせば僕もそうだった。3人の息子がそろって高校や大学に通っていたころは実際ピーピーで、どうにか借金でしのいだ経験がある。
 その期間の負担がぐっと軽減されれば、ずいぶん違うはずだ。これから子どもを産み育てようかという年代(おそらく政府が少子化対策のターゲットにしたい年代)の不安の本質には、今の子育て世代が痛感している家計の苦労を見て、自分にはそれは無理だと感じる、ある種の「諦め」があるのではないか。

 この日、番組のゲストでお招きした中央大学教授・山田昌弘さんが、まさにそこに近い意見だった。山田さんは、「少子化対策で考えるべき第一の条件は、高校以降、大学や専門学校までの高等教育にかかる費用を少なくすること」と明言した。「パラサイトシングル」、「婚活」などの新語を生み出した社会学者で、日々、子育て予備軍である学生たちの声を聴いている山田さんの発言だけに、重みがある。
 つまり、「幼い子ども」を育てる家庭だけを想定してお金を配っても、露と消えてしまうケースも多い。むしろ「成長した子ども」がいる、先の事態の家計を想定して、どかんと将来不安を解消することが、金銭面での「異次元」の対策なのかもしれない。

 しかし、これらを含む対策の実現には、当然ながら巨額な財政支出が伴う。ハンガリーでは国のGDPの5%を支出して出生率向上に成果を上げたそうだが、これを日本に当てはめると25兆円という膨大な額に上ると、山田さんは指摘した。
 防衛費増額の財源をめぐっても議論は沸騰しているのに、そこに少子化対策の財源論まで加わると、議論がさらに複雑になりそうだ。岸田首相はその難しさなどお見通しのはずだ。なのに、その口からさらりと「異次元の少子化対策」という言葉が出てきた。思い切りが良すぎないか。

 ある女性にそんな話をしていたら、彼女は「みんな分かっていない。少子化対策のカギは母親の孤独の解消よ」と断言した。この女性の話を僕なりに意訳すると、「子育てをする母親に対し、概して周囲は冷淡だ。そもそも母親という存在に対するリスペクトが足りない。それが日本社会の根底にある最大の問題であり、若い女性が子どもを持つ気になれないのはそのためだ」というのである。
 正論だ。夫の育休が少しずつ広がるなど、改善されてきた面もあるが、女性が仕事を続けながら子どもを育てる環境を、社会はまだ整備できていない。

 「働く女性だけじゃない」と彼女のボルテージは上がってきた。「専業主婦も大事な人生の選択でしょ。なのに、外で働く女性より下に見られがちじゃない?専業主婦でワンオペ。どこにもはけ口がない女性の苦労は大変なのよ。それなのにあなたという人は…」。
 どうにも雲行きが悪くなってきた。
 お察しの通り、この女性とは、専業主婦で子育てに忙殺された僕の妻である。ここで僕が、「オレだって大変な思いをして外で稼いできたんだぞ」などと昭和的に反論しようものなら、ケンカどころで済まなくなる。ここはじっと反省しながら、貴重な意見に耳を傾ける。

 個人的な経験も含めて言えば、子どもを産み育てるという人生の大仕事をサポートするには、経済的な側面からも、ライフスタイルのあり方からも、多方面のアプローチが必要だ。それは国任せにはできない領域も大きい。
 妊娠中の女性には当然のことながら席を譲るべきである。ベビーカーを押して電車に乗り込む母親に対して、「場所を取りすぎだ」と冷たい視線を向けることがあってはならない。あなたがもし、にぎやかな近所の保育園に「騒音だ」とクレームをつけたい衝動に駆られたら、「そこに愛はあるんか」と心静かに立ち止まった方がいい。一人ひとりの意識を変えていかない限り、「異次元」への扉など開かれないのだから。

 国会が開会した。岸田首相の施政方針演説を聞いていたら、「異次元の少子化対策」とは言わず、「従来とは次元の異なる少子化対策を実現したいと思います」と言っている。「異次元」と同じことなのだけれど。ちょっとだけ語順を変えている。
 「いじげん」という語感の強さに、自分でひるんでしまったのかなあ、キシダさん。

(2023年1月23日)

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