大越健介の報ステ後記

雪降る夜に政治を考える
2022年12月18日

 「し~んしんと降ってるわ…」。
 いまは18日、日曜日の夜である。新潟に住む老母はこの日の雪をそう形容した。海からさほど遠くないわが実家は、同じ県内の山沿いの地域に比べれば雪は少ない。それでも新潟で育った人間なら、積もるときの雪の降り方が分かる。「し~んしんと」降るのである。
 「こんなに雪が降るのは、この時期にしては珍しい」とも母は言った。
 本格的な冬が一気に到来した。年内に収まらなかったいくつもの問題を、積雪の下に黙らせるようにして。

 岸田首相が年内に収めようとしながら果たせず、彼にとって画竜点睛を欠く結果となったのが、防衛力整備のための増税だ。
 政治は難しくてよくわからない、とよく言われる。それでも、国民にじかに響くテーマはいくつもある。その代表格が税金だ。しかも、今回は防衛という、命に直接かかわる問題に結びついた。どうあっても無関心ではいられない問題だ。

 ところが、この問題はあっという間にやってきて、あっという間に去っていった。
 国民の側からすると、分からないことが重なり過ぎた。
 岸田首相が、防衛力増強の財源として増税を行う考えを示し、国債を発行する可能性を否定したのは10日の土曜日。それを受けて自民党の税制調査会で賛否入り乱れての大議論が行われた。
 結局、わずか1週間で慌ただしく議論はまとまった。だが結論は出なかった。まとまったけど結論は出なかった?どっちだ。まずそこが分かりにくい。

 自民党税制調査会でまとまった中身とはこうだ。
 ザックリと言うと、「増税はします。ただ、その時期はまた話し合って決めましょう」ということである。もう少し詳しく言うと、法人税とたばこ税を上げ、東日本大震災からの復興のための特別所得税を前借りする形で防衛力整備のために「転用」することになった。しかし、いつからそれを実施するかは決められず、先送りとなった。

 政府・自民党はそれでシャンシャンと手を打った。党内にある賛否両論のざわめきの上に、冬のドカ雪を乗せて見えなくした。すると、16日の金曜日、今度は防衛三文書なるものが閣議決定された。なんだろう、この順番は。
 この三文書というのは、またもザックリ言うとこうなる。中国や北朝鮮やロシアといった国がどんどん怖い方向に進んでいるから、日本の防衛力も強くしなければならない。今やミサイルがどこから飛んでくるかわからないので、迎え撃つだけでは足りない。相手が撃ちそうなときは、先に相手方をたたいてしまおう。そんな能力を持てるようにしよう。それに新手のサイバー攻撃への備えも大事になる。となると、防衛費は現行の1.5倍は必要だ。その線で進めるからよろしく、という内容である。

 改めて、どうにもこの順番に違和感を覚える。
 論理的に考えれば、大きな流れとしては、本来こうすべきではないか。
①政府としては、安全保障環境が厳しいので、こういうふうに防衛力を整備しようと思います。
②そのためにはこれくらいの財源が必要です。いろいろ切り詰めますが、増税が必要なので詳しく議論します。
③議論の結果、こういうふうに増税をしたいと思います。皆さんに信を問います。

 ところが、この1週間の流れを見ると、②の「増税をしたいので党内で議論します」から入って、③で先送りの結論しか出せず、①に戻って、増税の理由である防衛力整備の方針はそもそもこれだったので閣議決定します、ということになってしまっている。

 これで国民に理解されるのだろうか。それとも僕が鈍いだけなのだろうか。
 岸田首相はじめ自民党執行部に言わせれば、この夏の参院選でもいわゆる「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有を含め、防衛力の抜本的強化を図ることは公約として掲げているので、批判は当たらないということになるのかもしれない。
 しかし、それだけではいかにも荒っぽい。参院選に勝利したからと言って防衛政策について国民から白紙委任を受けたというわけにはいかないだろう。また、防衛増税の論議を年内に決着させると言いながらそれを先送りにし、一方で、そのことは脇に置いて防衛の大方針を閣議決定するという段取りは、納得しろという方が難しい。

 余計なお世話かもしれないが、岸田首相は実は最大のチャンスを失ったのではないか。
 防衛力強化の内容について国民に丹念に説明し、増税の必要性を正面から訴える。税という国民にじかに響くテーマが、国民の命にかかわる防衛の問題と結びついているのだ。まじめに正面から訴えれば、賛否は別にせよ、まじめな国民は正面から反応するはずだ。
 その中から丁寧に最良の答えを紡ぎ出せばよかったのにと思う。リーダーとして選ぶべき道の順番は、またも途中から混乱した。

 さらに言えば、自民党議員も、地元に帰って、あるべき防衛力の整備と国民の負担について、この際、もう一度有権者と真正面から向き合ってはどうか。増税に賛成の議員も、国債で賄えばいいのだという議員も。一切の予断を捨てて。
 税制をめぐる議論の中で、はてなと思う発言があった。「われわれ国会議員に分からないことが、一般国民に分かるはずがない」。
 本当にそうだろうか。実は国民の方がよく分かっていることだってあるかもしれない。
 われわれ有権者の側も、ひとりひとりがきちんと考えを組み立てていく必要がある。ロシアは相変わらずウクライナを侵攻し、北朝鮮は核とミサイルの実戦配備の段階に移行しつつある。現実は厳しいのだ。
 子どもや孫の世代から、「あの世代の怠慢がすべての原因だ」と、のちのち恨まれることがないように。冬の寒さに閉じこもって、「政治は難しいから」と黙り込んでしまってはならないのだと思う。

(2022年12月18日)

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