大越健介の報ステ後記

胃袋で旅するアメリカ
2022年11月09日

 アメリカの中間選挙を取材し、中継でお伝えしたその足であわただしく帰国の途についた。いまニューヨークの空港で、羽田行きの飛行機を待っている。4泊6日の弾丸出張は、新鮮な発見と、昼夜逆転の時差ボケがごっちゃになってしまい、気分はハイテンションのままである。これでは飛行機の中でもよく眠れそうにない。
 でも、今回の一連のアメリカ取材では、少しばかりの挑戦をさせてもらい、それなりの達成感があった。だから、疲れもむしろ心地よい。目をつぶるのをもう少し待って、アメリカでの取材の余韻に浸りたい。そこで空港ロビーでこのコラムを書き出した。

 上下両院の連邦議会議員や州知事などのかなりの数を(具体的には、などと言い出すと話がややこしくなるのでここでは割愛します)選出するアメリカの中間選挙は、記録的な物価高の中、バイデン政権と与党・民主党への批判の嵐の中で行われた。
 民主党劣勢、共和党圧勝の予想ではあったが、民主党の「負け方」は事前の観測ほどではないようで、バイデン大統領もぎりぎりの面目を保ったと現時点では言われている。むしろ、「どうだ、オレの力は!」と、圧勝してドヤ顔をしたかった共和党のトランプ前大統領の方が、苦虫をかみつぶしているに違いない。

 選挙の本筋の話はこの程度にしておく。僕が少し興奮気味なのは、東京を発つ前のやり取りにさかのぼる。中間選挙をどのような視点で報道しようかという打ち合わせの席が発端だった。
 日本でのアメリカの選挙報道でよく見るのが、青をシンボルカラーとする民主党と、赤の共和党が、ひたすら自らの主張を繰り広げ、ネガティブ・キャンペーンも辞さない激しい戦いぶりだ。そこでは社会の分断が叫ばれていた。アメリカという国の将来はどうやら暗雲が漂っている、と感じさせる中身が多く、やはり説得力に満ちている。
 だが、それにとどまらないアメリカがあるはずだ、という気持ちがどこかにあった。アメリカって、やっぱり大きくてパワフルですごい国だよな、という思いがある。僕も2005年から4年間、アメリカ駐在の経験があるが、いくつもの困難な問題を抱えながらも、強烈なエネルギーにあふれ、世界に君臨する国という印象が、僕の脳裏には強く刻まれていた。よく見る選挙戦リポートではなく、まずはアメリカの素顔の一端を伝えたいと、僕はスタッフに駄々をこねた。

 すると、番組デスクのひとりが「テキサスのバーベキューって、すごいんですよね」と、つぶやくように提案してきた。選挙にバーベキュー?「いや、あなたの言う、アメリカのパワーを感じるには最適な場所だと思うんですよ」。そしてデスクはテキサス取材に並々ならぬ意欲を示した。
 よっしゃ、ここはひとつテキサスに飛んでみようじゃないか、ということになった。どこか特定の選挙戦に光を当てるわけではなく、まずはアメリカの巨大な胃袋に触れ、視聴者の皆さんに感じてもらおう。それもありではないか。

 (おっと、搭乗時刻になりました。ここから先は機内で書きます)

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 そうして僕たち取材クルーは、アメリカ南部・テキサス州のオースティンという街に降り立った。時差ボケなんて気にしていられない。バーベキュー街道と呼ばれる、伝統的な肉料理を提供するレストランが並ぶ(広いので、並ぶという表現が適切かはわからない)一帯を訪ねた。その中でも老舗の人気店を訪ねると、土曜の昼間とあって、体育館のような規模のレストランに、日本のラーメンの人気店のように人が並んでいた。

 取材を兼ねて食べてみた。本当のバーベキューとはこういうものかと驚いた。僕にとってバーベキューとは、網の上に肉や野菜を乗せてジュージューと焼くイメージだった。ところが、この店によると、アメリカの伝統的なバーベキューとは、巨大塊肉をじっくりと時間をかけて、低温で燻製にする過程が欠かせないとのことだった。

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 確かにうまい!店のベテラン職人は、「ウチの肉は、塩と胡椒だけで食べてもらっています」と胸を張った。そして僕は、肉本来の味わいが、こんなにも深いものであることを、人生61年にして初めて知った。
 ブリスケットと言われる肩回りの堅い肉が、この店の売り物だ。決して高価な肉ではなくても、長時間にわたる火加減の調節と、塩と胡椒による絶妙な味付けによって、極上の味わいに仕上がるのだ。

 この伝統のバーベキューは、一人前でも相当なボリュームである。巨大な肉のかたまりに、老若男女、様々な肌の色を持つ人々。政治的な思想信条なども関係なく、とにかくすさまじい食欲でかぶりつく。いろいろな違いがあっても、バーベキューの前では同じアメリカ人だ。実際、お客さんにインタビューをしてみると、「胃袋は一緒さ!」という答えが返ってきた。

 僕のようなおっさんが、肉をおいしそうに食べる映像など、ニュース番組の視聴者にとっては違和感があったかもしれない。しかし、普通の日本人にとって、「こりゃもかなわん」と思わせる、アメリカの根源的なパワーのようなものは伝わったのではないか。そうであったと信じたい。

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 もちろん、今回の弾丸取材ツアーは、バーベキューを食らうだけで終わったわけではない。テキサスからニューヨークに飛び、旧ソ連圏からの移民街を取材したことも、強く印象に残る体験だった。自由を求めて、あるいは独裁者の迫害を逃れてアメリカに渡った旧ソ連移民たち。彼らはいま、かつての祖国で起きている戦争を複雑な思いで見ている。プーチン大統領は祖国をどこまで傷つければ気が済むのか。
 陽気にわれわれ取材クルーに声をかけてくる人たちも、アメリカによるウクライナ支援をどこまで続けるべきかといった質問には、神妙に言葉を選んでいた。彼らは旧ソ連の人でもあり、今は自由の国、アメリカの国民なのだ。

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 多様性をはらんで疾走するアメリカ。今回の中間選挙もさることながら、2年後の大統領選挙には、あのトランプ前大統領の再出馬も現実味を帯びてきた。抜きんでた経済力と軍事力を誇りながら、政治は混迷の色合いが強まっている。民主主義国家群のリーダーとして、中国やロシアといった独裁色の強い国家にどう立ち向かうのか、不安は尽きない。
 しかし、テキサスでバーベキューをほおばっていた若者はこう言った。
 「確かに、アメリカは今、困難な時期にある。しかし僕らはきっと乗り越えることができますよ。アメリカは、これまでだってそんな危機を乗り越えてきたのだから」。
 僕はその言葉を信じたい。

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 飛行機が飛び立って約45分後。この原稿を書き終えた。
 東京に帰って担当者に原稿を渡そうかと思ったが、その時には、今の高揚した気分がしぼんでいるかもしれない。そんなことを考えていたら、キャビン・アテンダントが、機内で使えるインターネットアクセスを教えてくれた。
 飛行機の中でもネットが使えるとは、忙しい時代になったものだ。しかし、今回はありがたい。バーベキューから始まってアメリカ政治の近未来まで。話がとっ散らかってしまったが、今回は勘弁してもらおう。機内から送信させていただく。
 そして、東京に着いたらすっきりとした頭で、その日の放送に備えたい。

(2022年11月9日・北米上空にて)

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