大越健介の報ステ後記

「分断」なのか
2022年10月02日

 「分断された世論」というものは、そもそもどれだけ実態を表していたのだろう。僕たちは、「分断」という分かりやすい言葉に甘えすぎてきたのではないか。
 安倍晋三元首相の「国葬」について思いを巡らせながら、僕はそう思った。

 国葬当日の9月27日早朝、奈良へ向かった。目的地は奈良市の大和西大寺駅前である。安倍氏が命を落とした、あの悲劇の事件現場だ。
 各種世論調査によれば、岸田首相が国葬を決断した直後は、国葬に賛成するという回答が多かったが、事件の背景に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の存在が浮かび上がると、反対が賛成を上回っていった。

 手にした新聞の朝刊には「分断」という文字が躍っていた。確かに、世論調査では賛否が分かれてはいるのだが、僕にはモヤモヤしたものがあった。本当に「分断」なのか。
 通勤時間帯を少し過ぎた大和西大寺駅前には、それでも結構な人通りがあった。日常の風景はこうなのだろう。ただ、安倍氏が凶弾に倒れたガードレール付近には、警察官の姿が見える。混乱を警戒してのことかもしれない。

01

 すると、そこに花を持った老婦人が現れた。警察官と言葉を交わした後、不満そうな表情を浮かべながらきびすを返した。
 「長年、総理大臣を務めてがんばった人。献花台くらい置いたらいいのに」とその女性は不満そうだ。国葬の日に合わせて大阪から花を手向けに来たと言う。「ちょっと、責任者は?」と警察にクレームをつけている。憤懣やるかたないようすだ。
 「それはそうと、国葬には賛成ですか」と聞いてみた。すると彼女はキョトンとした表情を浮かべて、「国葬くらい、やったらいいでしょ」と興味なさそうに答えた。

 僕が大和西大寺駅前にいた2時間ほど、多くの人が何ごともなかったかのように現場を通り過ぎ、何人かが立ち止まり、祈りをささげて帰った。
 少し遠くから静かに手を合わせる男性がいた。白髪のその紳士は、観光客に向けて平城京でガイドをしているそうで、事件当日、ドクターヘリが飛ぶのを見たと言う。
 「奈良の人間として、安倍さんがこの場所で事件に遭ったことが、どうにも悲しくて、気の毒で」と言う。国葬への賛否を聞くと、男性は「そういうことは関係なく」と強調した上で、「あのような形で、この地で命を落とされたことが残念なのです」と繰り返した。

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 大和西大寺駅前で時間を過ごすうちに、実は国葬をめぐる「分断」云々を僕らが論ずるのは見当違いなのではないかと思いが強くなっていった。
 ネット上では、賛成、反対の双方が論陣を張り、互いを誹謗し合うことも少なくない。しかし多くの国民は、賛否のどちらに近いかはあるにしても、「そういうこととは関係なく」死を悼んでいる。自分たちが分断されていると思うことなど、特にないはずだ。

 急いで帰京すればちょうど国葬の時間帯に間に合うと、大和西大寺駅から近鉄特急に乗り、帰路についた。東京では、国葬会場の一般献花台から2キロ以上離れた四ツ谷駅あたりまで、人の列ができているという。その四ツ谷駅に着いて通りに出てみると、人々が静かに、本当に静かに列に並んでいた。ネット上の激しい論争も、シュプレヒコールも無縁だ。

 花を持って並んでいた女性に聞いた。国葬への賛否はどうですか、と。するとここでも、僕にとってもうお馴染みの言葉が返ってきた。「国葬の是非とかではなく、あのような形で亡くなった安倍さんに、手を合わせたくて来ました」。
 前の方で、「そのとおり!」「同感!」という声がした。ステレオタイプな切り分け方をしがちなマスコミの一員として耳が痛かった。自分は国葬には反対だが、追悼の気持ちを表したいとやって来た人もいた。すべての物ごとには、グラデーションがあるのだ。
 その日の報道ステーションでは、僕のみならず、現場に散ったリポーターやディレクターたちが集めた人々の声を、できるだけ多く使ってほしいと制作陣にお願いした。視聴者の皆さんにはどう届いただろうか。

 翌日の新聞には、強弱はあっても、やはり「分断」が論じられていた。どこかむなしい気持ちになった。何だか場外乱闘を見せられているようにも感じた。
 凶弾に命を落とした元首相を悼むために、あれだけの人たちが並んだのは自然な感情の発露であり、その意味で、国民的な葬送の機会が提供されたのは良かったと思う。しかし、弔意の強要だとか、国費の無駄遣いだといった批判が沸き起こったのは不幸なことだった。あえて閣議決定で国葬としたのは、やはり拙速だったのではないか。
 死者を悼むことに過剰な演出を求める必要はないと、少なくとも僕は思う。

03

 献花に訪れる人たちが列を作る通り沿いには、品物がすっかり売り切れてしまった花屋さんが苦笑いを浮かべていた。
 「賛否が分かれて大騒動になりそうだっていうから、心配してそこまで花を仕入れなかったんだけど、見通しが狂ったね。でも、やっぱり日本人は偉いと思う。みんな粛々と並んでいる。お客さんも、白とか薄いブルーとか、やさしい色合いの花を選んでいくんです」。

 国民の気持ちの最大公約数をうまく吸い上げる送り方があったとすれば、それはどういうものだっただろう。静かに考え続けていく必要があると思う。静かに。

(2022年10月2日)

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