大越健介の報ステ後記

「プロによる政治」でなく
2022年07月12日

 参議院選挙が終わった。
 安倍元総理が凶弾で命を落とすという、大事件の動揺が収まらない中で迎えた投開票日だった。言論や政治活動の自由の大切さをかみしめて、投票所に足を運んだ人も多かったことと思う。
 ただ、今回の選挙の投票率は52.05%と、前回3年前を上回りはしたものの、かろうじて50%超えという低水準にとどまった。投票意欲が高まらなかった理由はいろいろあるだろうが、やはり野党の頼りなさを指摘しなければならない。政権を担える強い野党をアピールしようにも、実績でも実態でも及ばず、結果は自民党のひとり勝ちだった。

 その結果の延長として、政治の姿はどう変わっていくだろう。僕が心配するのは、プロの、プロによる、プロのための政治になるのではないか、ということだ。
 野党が存在感を示す場が国会だ。テレビの国会中継をずっと視聴し続ける人は決して多くないが、その論戦のダイジェストは多くのニュース番組が取り上げる。映像とは不思議なもので、論戦の内容もさることながら、気迫の度合いをしっかりと映し出す。この国の民主主義の土台が保たれているかどうか、言論の場が活気づいているかどうかを確認することができる。
 
 しかし、野党が議席を減らし、国会が圧倒的な与党主導で進めば、活発な議論の場を期待するのは難しくなる。議論はほどほど、後は多数決で政府提出の法案が可決・成立するという「オートメーション化」が進めば、国会への関心はさらに薄まる。
 もちろん、与党内にも、各部会などで政策の議論は存在する。その議論は国会よりも熱い場合が少なくない。政策のみならず、政治姿勢や、場合によっては不祥事の追及などが行われることもある。しかし、自民党本部で行われる内輪の会合の全容が国民に発信されることはほぼない。
 それは、一般の国民の目がなかなか届かないところ、つまり政治の素人から見えないところで、政治のプロだけで物事が決まっていくことにほかならない。

 プロによる政治の占有が進んでしまう要素は他にもある。それは、不幸なことに、安倍氏の急逝によってもたらされる、自民党内の流動化である。
 圧倒的な党内最大派閥である安倍派は、そのリーダーを失い、複数による集団指導体制に移行すると見られている。しかし、求心力を失った派閥は脆く、「跡目争い」が内紛を招く可能性もある。それは過去の自民党の歴史が示している。
 
 これからの派閥を主導していくのは誰か。そこに不満を抱く人間が現れないか。現れるとすれば、それは一定の勢力を持った塊となるのか、ならないのか。他派閥との関係性はどうなるのか。党内のパワーバランスはどう変わり、その変化の波は総裁である岸田総理にとって吉と出るのか凶と出るのか。
 これらはいずれも「読み筋」と「駆け引き」の世界である。こうなってくると、よく永田町で言うところの「絵を描く」策士が登場する。

 複雑に入り組んだ党内の人間関係を熟知し、その遠近を調整したり、仲を取り持ったりしながら、権力へと連なる大小の流れを作る人である。ややこしいのは、そうした人が複数現れることだ。それは政治家本人にとどまらない。かつてはここにカネが絡むことも多く、財界人が介在することも少なくなかったが、今はどうだろう。場合によっては現役の政治記者も、取材者と言うより当事者となって渦の中で暗躍するケースもあった。

 つまりは、すべてが「プロ」による所業で政治が動いていく事態である。こうなると一般国民の目にはまるで届かない、完全な密室政治の世界となる。
 実は、僕も政治記者の端くれだった時期があるので、この世界を取材するのは嫌いではない。むしろ、政治取材の妙味はここにあった。政局のキーパーソンをつかみ、描かれる「絵」を理解し、動きを追っていく。取材が的を射ていればその分、ニュース原稿は核心を突き、リポートの切れ味は鋭くなる。

 かつてはこの手のニュースは関心を呼んだし、読み物もよく売れた。しかし、今は政界のゲーム密室の中をのぞいてみたいという国民の欲求自体はどれほどあるだろう。かつてほどの関心がないとすれば、密室化した政治は国民からますます遊離し、一方的なものになっていくのではと不安になる。
 だから、僕は目に見える国会論戦に期待する。衆参とも、与党が圧倒的に有利な議席数を持つに至ったが、「国会は野党のもの」と割り切るくらいの懐の深さで、野党が挑む論戦を受けて立ってほしいと思う。政治が国民との距離を縮めるのは、結局はそれしか道がないと思うのだ。

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 今このコラムを書いている間に、東京・芝の増上寺では安倍元総理の葬儀が営まれている。しかし、政治に小休止はない。悲しみもつかの間、すぐに権力をめぐる攻防と、差し迫った政策課題がそこに待っている。
 安倍晋三元総理大臣のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

(2022年7月12日)

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