大越健介の報ステ後記

スクワットひとつできない
2022年05月22日

 今月から、都内のあるジムの会員になった。
 歩くことだけは苦にならない方で、コロナ禍に入ってからはなおさらひとりで歩くことが増えた。おかげさまで減量にも成功したのだが、今度は次第に腰痛に悩まされるようになった。これは何とかしなければと一念発起。ジムにきちんと通い、身体を鍛えることで腰痛を克服しようと考えたのである。
 僕はもともとスポーツ選手でもあり、身体を鍛える経験はそれなりに積んできた。だから手あたり次第いろいろなマシーンを使い、「腰を鍛えるならこの運動かな?」などと自己流でエクササイズに励んでみた。しかし一向に腰痛は改善しない。
そこで「新会員様 無料お試しコース」というメニューの中から、トレーナーによる1時間のパーソナルトレーニングをお願いしてみた。

 登場したのは、見るからに姿勢がよく、表情もキリリとひきしまった女性トレーナーである。さっそく、腰痛を治したいこと、ついでに言えば筋肉質でカッコいい体型になってみたいという希望を伝え、「では、スクワットから始めましょう」ということになった。
スクワットというのは、単純に言えば立った状態からひざを屈伸する運動だ。「こんなもん、野球部時代に飽きるほどやったわい」などと心の中でうそぶきながら、「さすが、お強いですね。腰痛克服なんてあっという間ですね!」とほめちぎられることを信じつつ、えっちらおっちらと屈伸運動にいそしんだ。

ところが、トレーナーは厳しい表情をしたままだ。ほとんどため息をつきそうにして彼女は言った(ように思われた)。
「腰が全く使えていませんね」。
「はっ?」
「股関節が動いていません。そのやり方では、腰痛を克服より先にひざを痛めそうですね」
「はあ」
ということで特訓が始まった。
「ひざから曲げるんじゃなく、腰から始動する感じで!」
「こっ、こんな感じですか。後ろにひっくり返りそうなんですけど・・・」
「ダメダメ、足の裏全体で受け止めて!」
「ひえー!」

こうして、やさしくダメ出しをされながら、1時間のお試しコースはあっという間に終わってしまった。まったく、元アスリート気取りでいながら、僕はスクワットひとつできず、下手をすればひざまで痛めていたかもしれないのだ。

「生兵法は大けがのもと」とは、こういうことを言うのだろう。
生半可な知識はかえって邪魔になったり、大間違いの原因になったりする。それは仕事にも当てはまることが多そうだ。
例えば僕の場合、ニュース番組のキャスターをしているので、扱う出来事は森羅万象である。森羅万象できりがないということは、圧倒的に自分の見知らぬものばかりだ。それが当然なのだ。
ところが、そこに罠がある。自分は政治記者だった期間が長い。だから国内政治がテーマになると何か言いたくなるし、「自分は知っている」というアピールをしたくなりがちだ。野球についても同じことが言える。やれピッチャーの配球がどうだとか、訳知り顔で語りたがる。

しかし、僕の役割はそうではないはずだ。「知った人」の側に回って、専門用語なんぞを使いながら、結果的に視聴者が置き去りになってしまうことになれば、それこそ番組としては大けがである。もちろん、何も知らない顔をすることも逆に変ではあるが、自分の立ち位置を冷静に考えれば、「知っている」人の側ではなく、「知らない人」、ないしは「少し知っているがもっと知りたい人」の側に立って番組を進めるべきなのだ。

うーむ、スクワットひとつとっても、人生、いろいろ学ぶべきところがある。トレーニングを終わって深く納得していると、インストラクターが、「あのー」と声をかけてきた。
「股関節だけでなく、肩甲骨の使い方にも問題がありそうなんですよね」
「肩もですか?」
「ええ。もしよろしかったら、次回は肩甲骨の使い方についてもいろいろアドバイスさせていただきますが」
「もちろんです。この際ですから、自分の身体をしっかり使いこなすことができる、立派な中高年になりたいと思います!」
僕は力強く宣言して、さっそく次回の予約をしたのだった。

そうして僕は意気揚々とジムを後にした。そして、ふと気が付いたことがあった。パーソナルトレーニングの無料お試しコースは、確か一回限りだ。次回以降はそれなりの料金がかかる。うー。
でもしかたがない。次回以降、正しい身体の使い方をマスターしてみせようじゃないか。
こうして僕は、スタジオでの振る舞いもきっと変わっていくだろう。ニュースに向き合う姿勢も変わっていくだろう。キャスターとしての進化は、僕の股関節と肩甲骨にかかっている。

(2022年5月22日)

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