大越健介の報ステ後記

哀しき宮仕え
2022年04月11日

 「かなしきものは宮仕え」。
 あやふやな記憶だが、地方公務員だった両親が、自分の仕事のことでボヤくときに、よくそう言っていたように思う。役所という難しい組織で、上司に使われる身は何かと気苦労が多い、といった意味だろうと思っていた。
 辞書で調べると、「かなしきものは」ではなく、「すまじきものは宮仕え」が正しい使用の仕方であった。悲しいどころか、しない方がよいのが「宮仕え」の身、という嘆きらしい。

 そんな言葉が思い浮かんだのは、国連安保理事会や総会でしばしば登場するロシアの国連大使の、発言の様子を見ながらのことだ。スキンヘッドでメガネをかけた少し恰幅のよい「おなじみ」のネベンジャ氏である。
 ウクライナ・キーウ(キエフ)州のブチャなどで、多数の民間人が殺害された事態。ゼレンスキー大統領は、ロシア軍によるジェノサイド(大量虐殺)であると主張している。現地に入って悲惨な現実を目の当たりにした欧米各国や国際的な人権団体なども、ロシア軍による行為との確信を強めている。
 一方、ロシアのネベンジャ大使は国連安保理で、「ウクライナの過激派による殺害」とか、「ロシア兵を殺人犯に見せかけている」などと、これもまた「おなじみ」の主張を繰り返し、われわれを呆れかえらせている。

 戦場はあくまでウクライナであり、市民の命はウクライナで失われている。ロシア領内ではない。自国民を大量に、無差別に殺戮するなど荒唐無稽にも程がある。その荒唐無稽の主張を展開する最前線にいるひとりが、ネベンジャ国連大使ということになる。
 人は組織優先で動かざるを得ないケースがしばしばある。お堅い組織でサラリーマン生活を長年続けてきた人間などにはそれがよく分かる。個人を殺して組織の論理に従ってきたことは、この僕だって何度もあった。
 そうなると、ネベンジャ大使の言動は、怒りを通り越して悲哀を感じてしまう。彼が本当に「ロシアが正しい」と思っているのなら別だが。
 ネベンジャ大使だけでなく、ペスコフ大統領報道官やラブロフ外相に至るまで、哀れにすら思えてきてしまう。
 しかも、彼らがあれだけの「虚構」を発信するのは、なにも組織の惰性に流されているからだけではないだろう。裏切ったら命が危ないのに違いない。自分だけでなく家族も。なぜなら自分が仕えているのはあのプーチン大統領なのだから。

 やはり行きつくところはプーチン大統領ということになる。
 だが、その前にもう一度、大統領の取り巻きは、ただかわいそうな存在なのかどうかを考える必要がある。専門家によると、プーチン大統領の最側近は、大統領の出身母体である旧ソ連のKGB(国家保安委員会)の面々で固められているという。「シロビキ」と言われる彼らは、諜報や秘密警察といった裏仕事の専門家集団だ。とても職業外交官の手が届く存在ではないとも言われる。

 であれば、内側からプーチン大統領を翻意させ、残酷な戦争をやめさせるのは、その「シロビキ」の面々にかかっている。謀略は彼らの得意とするところだろうから、その得意技をプーチン大統領の翻意か、あるいはその力を無力化することに使ったらどうか。しかし、一向にそうはならない。他国を侵略し、自国民を騙すことには長けていても、おっかない上司にモノが言えない彼らは、その地位の高さに比して、やはり腰抜けと言わざるを得ない。

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 「シロビキ」をはじめ、ロシア政府の主たる面々が自らのボスにひれ伏す間に、ウクライナでは人々が命を落とし、町が破壊され続けている。先週、再々の激戦地と言われるドネツク州の港湾都市・マリウポリのオルロフ副市長にリモートでインタビューする機会を得た。副市長は冷静に、現状を分析した。
 「ロシアは、クリミアまでの陸路を確保するため、マリウポリを利用したいだけ。ロシアが装備の整った戦力を集中させているのは、マリウポリの制圧そのものが狙いではなく、単に破壊したいだけだと思う」。
 これは噛みしめれば噛みしめるほど、残酷な事態だと思った。ロシアからアゾフ海に沿ってクリミア半島までの陸路を確保する。マリウポリはそのための「通過点」なのであり、まるで道路をならすようにして町を破壊している、ということなのだ。そこには人命を尊重するという当たり前の道徳観が、完全に欠落してしまっている。

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 戦場での兵士たちは、異常な精神状態のもとで信じられない残酷行為に及ぶことがある。それはキーウ州などですでに明らかになっているとおりであり、過去の戦争の歴史が示しているところでもある。
 しかし、国の大方針として、市民が住む町ごと潰してしまって「通過点」を確保しようとしている現実は、戦争を指導しているロシア政府のエリート層全体が、すでに常軌を逸していることの証明だ。

 プーチン大統領のみならず、その取り巻きである「シロビキ」の一味の罪は大きい。そのロシアの行為があたかも正当であるかのように宣伝する外交官たちも、もはや哀れな「宮仕え」などと同情できる存在ではない。
 ボスを先頭に、一網打尽で歴史の法廷で裁かれるべきである。

(2022年4月11日)

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