大越健介の報ステ後記

私のファクト
2021年11月07日

うちのネコのコタローは、机の上で資料を広げたりPCを開けたりすると必ずと言っていいほど仕事の邪魔をしに来る。資料の読みたいところにピンポイントに寝転び、お願いしてもどいてくれない。キーボードを打っている手元にやって来たかと思うと、ブラインドタッチで09oiuy4yeweq とか変な文字(なにかの初期パスワードみたいだ)を打ち込んで通り過ぎていく。

001

さてそのコタローが枕がわりにしているのが、僕がこれから続きを読もうとしている「嫌われた監督」という本である。そんなに気持ちよさそうにしていると、枕を動かすことができないじゃないか。それよりオマエ、「嫌われたネコ」みたいになってるぞ。

この本、2004年のシーズンから8年間にわたって中日ドラゴンズの指揮を執り、チームを4回のリーグ優勝に導いた落合博満の監督哲学に迫ったノンフィクションである。
その采配は時に非情だった。2007年の日本シリーズ、日本一をかけた最終回。それまで一人の走者も出さないパーフェクトピッチングを見せていた山井に代えてストッパーの岩瀬を登板させ、悲願の頂点をもぎ取ったのは今も語り草だ。

ストーリーはスポーツ新聞の中日ドラゴンズ担当に配属された若い記者のモノローグで語られていく。主人公はもちろん三冠王3回の大打者にして名将でもあった落合その人だが、この本は著者でもある記者の思索と成長の記録でもあり、著者自身がもうひとりの主人公となっている。

ノンフィクションの面白さは、ふたつのファクト(事実)を追い求めていくことではないか。ひとつは記録されるべき客観的なファクト。この場合は「落合ドラゴンズ」の栄光と挫折の歩みである。もうひとつのファクトとは、記者自身の疑問や気づきを丹念に文字に刻んでいく、言ってみれば「私のファクト」ということになる。

記者は、デスクのメッセンジャーとして初めて落合の自宅を訪ねる。社として「中日新監督に落合氏」という特ダネを出すにあたり、当の落合にそのことを伝えるためである。「仁義を切りに行く」役割を、この若き記者は負ってしまった。
「書いて恥かけよ」という意味深な言葉を返される。それ以来、落合の番記者として、謎めいた知将の言動を見つめる日々が始まる。
記者は落合が発するメッセージの意味にその都度戸惑い、戸惑うがゆえに取材を重ねていく。監督の言葉の意味を探ろうとするのは選手やスカウトなどのスタッフもまた同じだ。記者は落合を取り巻くそうした群像にも取材対象を広げ、悩みを重ねながら、少しずつ落合という稀代の野球人の実像に肉薄していく。

その過程こそがノンフィクションの醍醐味だ。この本のもうひとりの主人公が著者自身であるというのはそういうことだ。記録されるべき客観的なファクトとともに、自分だけが見つめ、気づいた「私のファクト」が物語に並走している。

そのことは僕たちの日々の報道にも共通しているように思う。
まず大事なのは客観的なファクトだ。例えば、政府などが報道機関向けに出すリリースといったいわゆる「発表モノ」は、それ自体がファクトだろう。しかし、大事なのはそこからだ。
ファクトと言っても、それは必ずしも単一のものではない。取材によってどの角度から光を当てるか、どの程度の深さにまで踏み込むかによって浮かび上がるファクトは違う姿を見せる。そうして選び取ったファクトは、まさに「私のファクト」だ。
分厚いノンフィクションにつづられた取材者の物語よりはひっそり控えめかもしれないが、僕たちの番組で放送される映像やコメントには、取材者としてのそれぞれの思索の過程がはっきりと表れる。もちろん、私情にのみ流されることのないよう、そこに第三者的な目を光らせることはメディアにとっては必須だが。

毎日のように他社を出し抜く特ダネが出るわけではない。それでも、取材によって事象に深みと多面性を付加することが僕たちの仕事のやりがいだ。番組を見る人にとって「おや、同じタイトルのニュースだが、他社とは違うな」と思ってもらうツボでもある。そしてそのツボは、「効き」がよいほど視聴者の心に刺さる。そんな番組を作りたいものだ。

理屈っぽくなった。
どうやら一冊の本に触発されて頭でっかちになってしまったようだ。しかもその本もまだ読み終えていないのに。ちょっと疲れているのかな。
思えば衆議院の解散が決まってからしばらく、休むということがなかった。ちゃんと読書することすらこの数週間はなかった。心はどこか乾いていたのかもしれない。

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きょうは都内のお寺で孫の七五三詣でに付き合った。僧侶の説話の最中にウトウトしてしまい、3歳の女の子に「じーじ、起きなさい!」と叱られてしまった。
これで目が覚めた。休養も取れた。
お寺の五重の塔が見下ろしている。
ネコのコタローには悪いが、枕にするのは少し遠慮してもらって、きょうは本を最後まで読もう。そしてまた、すっきりした気持ちでスタジオに臨もうと思う。

(2021年11月7日 敬称略)

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