

去年の9月27日のことだ。汗だくのその人は、たったひとりで報道ステーションのスタジオに現れた。表情には疲れの色が浮かんではいたが、聞くべきことは全部聞いてくれ、という覚悟は伝わってきた。
その人とは石破茂氏である。5回目の挑戦で自民党総裁選挙に勝利したその日。決選投票に持ち込まれ、僅差で高市早苗氏を破るという長い緊張の展開。新総裁として臨む初めての記者会見、そして各メディアへのインタビュー対応。
たったひとりでスタジオに現れたのは、余りに忙しい日程に、党のお付きの人の方が途中でダウンしてしまったのかもしれない。報道ステーションは9時54分という夜の深い時間のスタートだから、石破さん自身、疲れがたまっていたと思う。それでも、僕が発する質問に、ひとつひとつ丁寧に答えていたのを思い出す。
石破さんが総理・総裁の職を辞することを明らかにした。きょう9月7日午後6時。首相官邸での会見である。間もなく総裁就任から1年というタイミングだった。
退陣までの流れはさまざまな起伏があった。7月20日の参議院選挙で、石破さんが率いた自民党は大敗した。自公は衆議院のみならず参議院でも少数与党となってしまい、その責任を取っての退陣はやむを得ない流れだった。しかし、その日の選挙特番で、中継を結んだ石破さんに僕が進退を問うと、彼は続投を明言した。
その日から、自民党内ではいわゆる「石破降ろし」が始まった。目立つ動きを控えていた「裏金議員」も動き始めた。政界は落ち着いて政策を議論する空気には程遠く、選挙前、あれほど各党が喧伝した物価対策なるものも一向に進まない。
一方で、当面の焦点になるはずの「石破降ろし」の声も、実はいまひとつ盛り上がらないまま、日本はお盆休みに入った。連日の猛暑と突然現れるゲリラ雷雨に悩まされながら、政治の話題もどこかに追いやられたかと思われた。
ところが9月、休眠状態に入るかと思われた自民党議員の危機感に、もう一度火が付いた。地元の有権者たちが自民党に向ける視線の厳しさに改めて気づいたのか。解党的出直しの第一歩となる総裁選前倒しの声が党内の大勢を占める勢いとなり、石破さんも万策尽きた。その上での退陣会見である。
僕は特定の政党や政治家を持ち上げたり、こき下ろしたりする任にはない。だが、石破さんのこの1点については支持する。彼は可能な限り、国民への対話と説明に努めた人だった。1年前の総裁就任のときがまさにそうだったし、それ以前もそうだった。それはメディアに携わるかなりの人が認めるところだと思う。
約50分にわたった退陣会見。最後の記者の質問は、大敗した参議院選挙の結果とは裏腹に、選挙後の石破内閣の支持率が上がっていったことをどう受け止めるかというものだった。その答えに石破さんの心情が表れていた。ちょっと長くなるが、その答えを引用する。
(支持率の反転上昇という)今までにないことが起こっているということは、いったい何だったのか、私自身ずいぶんと考えてきた。それは私に対する評価をいただいているというよりも、きちんと仕事してくれということではなかったか。党内でいろんな争いをするよりもきちんと仕事してくれ、国家国民のために仕事してくれという強い意思の表れではなかったか。
「石破辞めるな」という動きもあり、ありがたいことだった。それは、私自身どうしたら自分の言葉で語ることができるか、どうしたら人にわかってもらえるか。「石破構文」などと言って揶揄(やゆ)されたが、でもどうか分かって下さいということ、そのことに努めたことが評価をいただいたのかもしれない。
いろんな政策は異なります。考え方も異なることもある。でも、賛成してくれなくても納得をしていただけること。それは質問する野党の方に対してはもちろん、その向こうにいる有権者の方々、国民の方々に向けて話すということが、あるいは一定の支持につながったのかもしれません。
志半ばで政権を手放す口惜しさとともに、国民の納得を得る努力を続けてきたという自負がうかがえる会見だった。
石破さんの政治姿勢には、常に党内からの批判があった。マスコミには愛想がいいくせに、議員仲間に対しては冷淡だという評判もつきまとった。僕がきのう、たまたま話をした自民党議員のひとりは、「応援しても感謝の言葉がない。残念ながらそれが石破さんだ」と愚痴っていた。そうしたイメージが党内に広がり、総裁選前倒しの動きが一気に加速したのだとすれば、それはやはり石破さんの不徳の致すところだろう。
ただ、それでも僕は石破総裁を選んだ時点で、もう自民党は変わる道を選んだのだと信じたい。自民党は長らく政権与党の座にあった経験から、おそらく政治のプロになり過ぎた。プロにしか通じない言葉を使い、これまたプロの支持者に向けた発信を重視し、国民の大多数である素人の有権者のことを甘く見すぎた。石破さんはそこに風穴を開ける数少ない自民党議員のひとりだったと信じたい。
石破さんは会見でこんなことも口にしていた。言えないことも増えていったのだろう。
少数与党ということで、(自分は)党内において大きな勢力をもっているわけでもない。そして本当に多くの方々に配慮しながら、融和に努めながら誠心誠意務めてきたことが、結果として「らしさ」を失うことになったという、一種の、何と言ったらいいんでしょう、どうしたらよかったのかなという思いはございます。
最後にアメリカとの自動車関税の交渉でけじめをつけることができたのが、石破さんにとっての救いだった。それでも、「らしさ」をけずり、エネルギーを消耗した1年だったと思う。
僕は次の自民党総裁に期待したい。石破さんを全否定するのではなく、その良い面を引き継ぎ、発展させるリーダーを求める。プロではなく国民に語りかけ、政治の素人たちを包摂するリーダー。本来の国民政党に立ち返ることのできるリーダーの登場を待ちたい。
自民党というコップの中のプロ同士の争いに、国民が一喜一憂する時代はとうに去った。世論は古い自民党に厳しい。その切実さを知らないリーダーに、もう用はない。
(2025年9月7日)

