恐るべしトランプ
2026年01月12日

 もう20年も前のことだ。「ずいぶん大ざっぱな国だな、この国は」と思わされることが多かった。海外とはほぼ縁のなかった僕が、社命でアメリカ・ワシントンへ単身赴任した時のことである。
 車社会のアメリカ生活にはどうしても車の免許が必要だった。東京でいわゆる国際免許を取得してはいたが、当時、海外でどこまで有効かはその国次第と言われていたし、アメリカでは運転免許証は頼れるIDカードにもなるからだ。
 免許の取得には試験場に出向き、学科と実技の両方の試験をパスすることが求められた。だが、その試験場にどうやって行くかと支局のスタッフに相談すると、「まず車を買って自分で運転していくしかないですね」とさらりと言う。えっ?

 そこでアパートから徒歩で行けるホンダの販売店に出向き、青いシビックを購入。めでたく新車の持ち主となると、そこから運転免許試験場に電話予約。「免許を取りにいくために公道を運転する」という不思議な状況の中、左ハンドルに右側通行という慣れない運転でようやく試験場にたどり着いた。
 だが、学科試験であっさり落ちた。パソコンの画面上で、英語で出される交通規則の質問に制限時間内に選択肢の中から答えていく方式で、これは英語力が追いつかない僕には酷だった。

 1週間後にもう一度トライするにあたり、係官に「このハンディは何とかならないか」と訴えたら、「あっ、そう」という感じであっさりと別室に通され、時間無制限で学科試験を受け、合格できた。こんなことなら最初から頼んでおけばよかった。
 そして、縦列駐車にだけは厳しい実技試験も合格し、晴れて免許証を携えて、堂々と車を運転して帰宅したのだったが、どうにもちぐはぐではあった。
 
 この国では細かいことにはこだわらないことだと、この時学んだ。だから、ケーブルテレビの接続工事が、午前中の約束が夕方まで待たされても文句は言わなかった。鼻歌交じりで作業を終えた担当者が、「ノー・プロブレム」と屈託なく笑ったときも僕はあえてその大ざっぱさに学ぶことにし、自分の仕事もこの日はケセラセラでサボってしまった。

 だが、大ざっぱなだけで、アメリカが超大国たりえているはずはない。当然ながら、その国力を形成し、維持するだけの緻密な戦略を練り、それを大胆かつ細心に実行に移す機関が存在する。
 年明け早々、世界の度肝を抜いたベネズエラのマドゥロ大統領拘束作戦は、電光石火の早業だった。伝えられるところによれば、アメリカのCIA・中央情報局が、前年8月からベネズエラ国内で諜報活動を重ねてきたという。スパイ映画さながらだ。ほぼ間違いなく、政府や軍の中枢に協力者を得ていたと見られ、散歩や食事といったマドゥロ大統領のルーティンを把握していたという。あとは天候次第という状況を作り出し、その時が来るとトランプ大統領がゴーサイン。陸軍の特殊部隊を投入し、首都カラカスが眠りから覚めるいとまもなく、マドゥロ大統領はアメリカの囚われの身となった。

 この作戦に対する批判は当然だ。他国の領土にズカズカと入り込み、多数の犠牲者が出ようとお構いなく、その国のリーダーをしょっ引くというトランプ氏のやり方は、国際法違反のそしりを免れない。これを許したら、プーチン大統領のウクライナ侵攻も正当化できてしまう。
 ただ、そうした懸念は山ほどありながらも、失敗国家の代表例のように言われてきたベネズエラの国民の中からは、腐敗の一掃を期待させるトランプ氏の手際に拍手喝さいを送る向きは少なくない。マドゥロ氏の後を継ぐ同じく反米左派のロドリゲス暫定大統領も、アメリカと対話路線を進める構えだ。ベネズエラの国情が安定するかどうかは不確定要素が多いが、今のところはアメリカの目算通りというところか。

 今回の作戦は、ベネズエラを中国やロシアから引きはがし、石油利権を横取りするという野心が生々しく、醜悪ですらある。一方で、どん底に落ちた国家を再生させるという大義も同時に成り立っていることは否定できない。
 そこを読み切ってのトランプ氏の作戦実行命令だったとしたら、やはりこの人物、単なる暴君ではなく、相当にしたたかというべきか。あるいは大統領の大言壮語を、現実の作戦へと落とし込むアメリカという国のすごさを知るべきなのか。

 同じく敵対するイランについてはどうか。アメリカが主導してきた経済制裁によりイラン国民は困窮し、デモは全土に広がっている。ここにトランプ氏は「政権が住民を殺害し始めれば、われわれは徹底的に攻撃する」と口先介入を続ける。ベネズエラの次はイランか…1979年のイスラム革命以降、イランは最大級の激震に見舞われている。
 宗教や利害がモザイクのように入り組んだ中東にあって、ベネズエラのように、アメリカ軍が単独行動によって最高指導者・ハメネイ師を拘束するというのは現実的ではない。体制の転覆をはかるとしても、おそらく複雑な情報戦を含めた、同盟国イスラエルとの連携が軸になるとの見方は強い。
 だが、形は違っても、国民の不満が膨らむタイミングを見つつ、中ロの影響力を排除しながら体制の無力化を狙うという冷徹さは、対ベネズエラ作戦と重なるところがある。

 トランプ大統領の2期目の政権発足からまもなく1年となる。トランプ氏は単なる「壊し屋」か、それとも閉塞した時代の突破口になり得る存在なのか。自分なりにこの1年間、考え続けてきたが、答えを出すのは一層難しくなっている。
 従来の国際秩序に対し、彼は小ばかにしたように背を向ける。国内政治でもまるで帝王のような振る舞いだ。我が道を行くやり方は、「壊し屋」の面目躍如である。
 しかし、傍若無人なこの人物にしかできないことも、やはりあるように思う。マドゥロ大統領を拘束した結果として、ベネズエラの経済と治安が向上すれば、それは「毒を持って毒を制した」ということになる可能性はある。

 僕の思考は行ったり来たりしている。とはいえ、ここまで考えてきてもう一回気にかかるのが、トランプ氏に特に顕著なその「大ざっぱさ」だ。「力による平和」とは言うが、平和を掲げても手段はあくまで力の行使であり、ベネズエラでの作戦では、およそ100人の死者が出たとされる。
 イランにしても、アメリカ主導の経済制裁で国民の不満に火をつけ、政権転覆で着地させようという流れは、乱暴な「マッチポンプ」そのものだ。その過程で失われる命の重みを顧みないやり方は大ざっぱの極みであり、罪深い。
 弱肉強食がまかり通る世界は地獄だ。その導火線に火を付けそうな規格外のアメリカ大統領は、実にあと3年の任期を残している。

(2026年1月12日)

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