勝って報われ、負けて報われる
2024年08月04日

 オリンピックは決して勝者だけのものではない。各種目で頂点に立つのはわずか1人、あるいは1チームのみ。むしろ大会は、大半を占める敗者のものでもある。
 僕たちが番組で伝える勝者の声には、突き上げる情動としての叫びがあり、しばらく時間を置いてあふれ出るような思いもある。その声に、言葉に、人々は胸を揺さぶられる。僕も間違いなくそのひとりだ。
 そして、オリンピックの開幕から1週間。僕の関心はやがて圧倒的に多数を占める敗者の声へと向かうようになった。晴れ舞台に至る長い道のりと苦難を反芻しながら、彼らはどのような思いで舞台を去り、敗北に向き合うのだろうか。そしてもちろん、そこにも無数の物語がある。

 バスケットボール男子は、1次リーグで3敗を喫し、大会を去った。だが、東京大会準優勝のフランスを相手に、大金星の一歩手前まで迫った第2戦は名勝負となった。
 試合終了まで16秒を残して84対80とリードした最終第4クオーター。相手の3ポイントシュートの際に、それまで破竹の活躍でチームをけん引してきた河村勇輝がファウルを取られた。バスケットカウントで1本のフリースローが追加され、これを決めたフランスは84対84の同点に追いついた。奇跡的な展開だ。

 第4クオーターの最後、河村は相手の3ポイントを勝手に打たせておけばよかったのかもしれない。いや何より、審判のファウルのジャッジは厳しすぎたのではないか…。いろいろな思いがよぎるが、それらは、にわかバスケット専門家のつまらぬ後講釈に過ぎない。試合は延長にもつれ込み、もはや日本にフランスを退ける力は残っていなかった。

 大会を終え、トム・ホーバスヘッドコーチは、「100%の力を出し切りました。(中略)将来への道は悪くない」と、協会を通じ、選手たちをたたえるコメントを発表した。チームの精神的支柱のひとり、渡邊雄太は「悔しい気持ちでいっぱいですが3試合を通じて世界に日本のバスケットを見せることはできたと思います」と手ごたえを口にした。
 関係者の努力でBリーグが大いに盛り上がりを見せ、バスケットボールの魅力が浸透してきている。バスケ界にとって悲願のベスト8進出は果たせず、世界との壁を感じた敗戦だっただろう。しかし、その壁は越えることのできる壁であることを実感した敗戦でもあった。敗れてもなお報われるものの多いオリンピックだったはずだ。

 敗者の中には、ある種のすがすがしさを与えてくれる選手もいる。卓球男子シングルス、張本智和が敗退したのは準々決勝、相手は世界選手権2度の優勝を誇る中国選手だった。試合は2ゲームを張本が連取した後、2ゲームを取り返される展開。張本が再び3対2で王手をかけたものの逆転され、世界王者の前に敗れ去った。
 その張本の敗戦の弁が忘れられない。勝つとしたらフルセットの接戦となることは覚悟していたという。そして、競り負けた結果については、「負けるべくして負けた」と認めた上で、「(自分の力を)100パーセント、胸を張って出し切れたと言えます。しかし今の100パーセントでは彼には勝てなかったというのが現実」ときっぱりと言い切った。
 激戦の直後の、おそらく試合の興奮も冷めやらない中での短いコメントに、自分を客観視する冷静な目と、相手へのリスペクトの気持ちが見事に詰まった敗者の弁だった。スポーツが張本という青年を成長させたのか。張本だからこの言葉を発することができるのか。おそらくその両方だろう。

 バドミントン女子シングルス、こちらも準々決勝で敗退した山口茜の言葉には目頭が熱くなる思いがした。韓国の世界ランキング1位が相手とは言え、山口もまたかつて世界王者の座に就いた実力者である。実力者同士の対戦はやはりフルセットに持ち込まれた。だが、最終の第3セットでは、ことごとく相手の強打が決まる。そして、過去2大会、準々決勝の壁に阻まれてきた山口は、今回もその壁を越えることはできなかった。
 「たくさんの人の声援が聞こえて、何より幸せな時間でした」。
 万感の思いがこもっていた。3年前の東京大会はコロナ禍で無観客だった。場内を揺るがすほどの声援は、かつてないほどの力を彼女に与えたことだろう。やり切った思い、かなわなかった勝利。そうしたものが混じり合う中にも、優れたアスリートたちは周囲への感謝の気持ちを忘れない。

 スポーツは人類にとっての最高の発明だと僕は思っている。お国柄も習慣も違う選手たちが、ひとつのルールを共通言語とし、フェアプレーで争う。スポーツは人を成長させ、人と人を結び付ける力がある。同じ「争」という言葉を使うにしても、ルール無用、人命すら重んじない武器を持った戦争とは大違いだ。

 未明にひとり、テレビにかじりついてオリンピックに没頭した。柔道のフィナーレ、好敵手フランスとの対戦となった混合団体決勝は、本当に手のひらに汗がにじんだ。3対3と並んで迎えた抽選方式による代表戦は、斉藤立がフランスの英雄、個人戦金メダルのリネールと再戦することとなった。ここでも神さまは意地悪だ。斉藤は完全アウェーの中、リネールの投げに屈し、日本は銀メダルとなった。
 斉藤は「勝てなくて顔向けできない」と悔し涙を流した。いや、そんなことあるものか。主役はあなたたちだ。僕たちはその姿にどれだけ勇気づけられたことか。堂々と胸を張って帰国してほしい。

 ウクライナの戦線でも、破壊が続くガザ地区でも、きょうも人々が命を落としている。争いの当事者にとっては「オリンピック休戦」などという言葉は絵空事に過ぎないのかもしれない。オリンピックという平和の祭典と、平和の破壊行為が同時並行する今の世界にあって、僕たちは何を思うべきなのか。
 大会も半分が過ぎた。アスリートたちは連日、その姿によって多くのことを伝えてくれる。省みて僕たちが噛みしめるべきなのは、人間とは平和の中で生き、平和の中で競い合うことができる存在なのだということだ。
 それを確かめながら自信に変えていく。そこにオリンピックの開催意義がある。僕はそう信じて疑わない。

 (2024年8月4日)

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