見過ごしてはならない
2023年10月16日

 「おい、俺たち、もっとしっかりしようよ!」。
 中東のガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」とイスラエルの悲惨な戦闘のニュースに、日々切なさを感じつつ、足元の日本で起きた一連の出来事に、焦りのような感覚を覚えた。自分たちはもっとしっかりしなければと。

 発端は先々週6日の金曜日。この日の番組の打ち合わせで、口をあんぐりとしてしまった。今月、埼玉県議会に自民党県議団が提出した「虐待防止条例改正案」の内容が明らかになった。小学3年生以下の子どもを自宅などに放置することを禁じる内容で、目的は「児童が危険な状況に置かれることを防ぐ」と記されている。目的は至極真っ当だ。
 だが、発議者である自民党側の答弁によってその具体的な禁止条項が伝えられ、びっくりしてしまったのだ。

 条例改正案で禁止される具体的な「虐待」とは何か。
 ・子ども(小1~3)だけで留守番させるのは放置であり虐待
 ・子どもだけでの登校や、公園で遊ばせるのも放置であり虐待
 ・子どもを室内に残し、保護者が玄関先で宅配を受け取るのは許されるが、子どもを室内に残しゴミ出しや回覧板などを回す外出はグレーゾーン

 あまりに非現実的だ。しかも、こうした違反行為を見つけたら通報するよう義務付けるとしている。保護者にあり得ない負担を押し付け、それを監視するという中身だ。
 なぜこんな条例案が…子育て世代も多いわが報ステチームの間には、強い疑問の声が上がった。ここは冷静に、しかも迅速に取材を進めなければならないようだ。

 そこでスタッフは、条例改正案を提出した自民党県議団の意見と、さまざまな埼玉県民の受け止めの取材に走った。「できるだけ多くの角度から論点を明らかにする」ためだ。
 県議団長は取材に答えた。インタビュアーの、「自分も共働き家庭で育ち、家で留守番をすることが多かったが、それも虐待か」という質問に対し、さも当然というふうに語った。
 「もちろんそう考えています。日本の場合、それが虐待だという認識が希薄。だからこそ、こうやって法規範で整備をし、認識を高めていただくことが重要。子どもを守るためには親が頑張らなければならない部分も増えるかもしれないが、自分の家庭を見直していただいて…」。

 一方、埼玉県民からは困惑と怒りの声が上がっていた。いわく、「登下校、全部、親がつかなければならないってこと?」「そういうのが全部虐待と言われると、もう何もできない。仕事をやめなければならない」などなど。「もうみんな、虐待やっていることになります」と、自虐的に語った母親の声が代表していた。

 自民党県議団側の主張と、可能な限り足で稼いで集めた人々の声をまとめ、その日の放送に臨んだ。
 反響は…推して知るべし、だった。県民の批判は噴出した。ほどなく改正案は、自民党県議団が取り下げを表明し、13日の県議会の本会議で正式に撤回された。

 だが、一件落着、で良いのだろうか。
 ここで立ち止まって考えなければならないのは、この条例改正案は、わずか数回の審議の後、提出から10日目の13日に、県議会で粛々と可決、成立する運びになっていたということだ。埼玉県議会は自民党が多数を占め、その大半が発議者に名を連ねていたからだ。県民世論が声を上げ、われわれメディアが着目しなかったら、どうなっていだだろう。

 気付かないうちに「児童が危険な状況に置かれることを防ぐ」というもっともな理由で条例が改正され、答弁に基づいた場当たり的な禁止条項が設けられるところだった。保護者が子どもを常に監視し、それを周囲がまた監視するというルールが。
 そこには、子どもを産み育てやすい社会を作るという、根底にある時代の共通認識が完全に欠落していた。

 取材した憲法学者は、結局は頓挫した今回の改正案について、「過度の制限であり、憲法違反の疑いがある」とした上で、「ストレスでかえって虐待が増加することも考えられる。その意味では、目的と手段との合理的関連性さえ疑わしい」と指摘した。

 誰も反対できない理念(子どもの安全は大事だ!)を掲げて、具体的な行動については権力が一方的に人々を縛り上げる。(いつも子どもの近くに居なさい!)。
 これは、「大東亜共栄圏」などときれいごとを語り、結局は、「欲しがりません、勝つまでは」という標語を刷り込み、国民を悲惨な戦争に巻き込んでいった、日本の過去の経験に通じるものがあるようさえ思う。
 条例改正案を提出した議員団がそんな意図を持っていたとは思えない。だが、時代の悪魔は、ちょっとした隙をついて社会に忍び込むのだ。

 僕たちの行動を規定している国の法律や規則、自治体の条例にはしっかり目を光らせないと、ツケは自分自身が払うことになる。国にせよ自治体にせよ、僕たちが政治に無関心であってはならない最大の理由がここにある。

 ハマスとイスラエルの戦闘の出口が見えない。逃げ場所もなく、人々はひたすら怒りと恐怖の中にある。僕たちはその姿を脳裏に刻み付けなければならない。日本に住むわれわれにできることは決して大きくないかもしれない。だからせめて、平和な日本に生きることができている意味と、平和を守るために大切にしなければならない価値を、しっかりと噛みしめたい。

(2023年10月16日)

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