小心者がインタビューに臨むとき
2023年09月18日

 僕は圧倒的に気が小さい。その上「ええかっこしい」である。その特性は、いわゆる「大物」へのインタビューの際に遺憾なく発揮される。

 ジャーナリストにして、アメリカを代表する偉大な伝記作家である、ウォルター・アイザックソン氏にインタビューすることになった。彼の近年の代表作は、アップルの創始者である故スティーブ・ジョブズの伝記である。そのアイザックソン氏が、今度は世界一の億万長者とも言われるイーロン・マスク氏の伝記を出版した。

 マスク氏について、「世界屈指の億万長者」という修飾語をいくつかの書評で見かけ、ちょっとはまりが悪いと感じていたのだが、自分で書いてみてよく分かる。なにせ、手がけていることのスケールがでかく、幅が広過ぎて、とりあえず「億万長者」くらいでいったん紹介を区切るしかないのだ。
 民間の宇宙事業参入の草分けで、いまやアメリカ国防総省やNASAも頼りにする「スペースX」、日米独などの巨大自動車企業をもろともせずにEV車のジャンルを切り開いた「テスラ」、最近では「ツイッター」を買収してSNSの世界に参入し、「X」と社名を変えるなど騒動に事欠かない、その人物こそイーロン・マスク氏である。

 その、すごい人物の伝記を書いたのがアイザックソン氏である。彼もまたすごい人である。アメリカの雑誌「タイム」の編集長などを務めたジャーナリストで、CNNの最高経営責任者(CEO)も歴任した。その一方で、科学技術分野の天才を中心とした伝記を数多く手がけた作家である。
 古くは、科学者にしてあの「モナ・リザ」を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチ、相対性理論のアルバート・アインシュタイン、そして近年ではスティーブ・ジョブズの伝記が世界的なベストセラーになった。ジョブズとは、マッキントッシュのコンピューターで世界を驚かせ、今も数えきれない人が愛用するiPhoneを世に出したあの人である。

 ジョブズはアイザックソン氏に直接、「僕の伝記を書いてくれ」と頼んだという。「それは10年後か20年後か、君が引退するころに書くよ」と受け流したが、数年後、ジョブズの妻から「伝記を書くつもりがあるのなら、いま、やるべきよ」と提案があったという。ジョブズはがんで、余命は決して長くないのだった。執筆を決意したアイザックソン氏は、ジョブズの最晩年の2年間を、ほぼ生活を共にするようにして過ごし、伝記を書き上げた。
 つまりは、伝記を頼みたくなるような作家なのだ。

 ずいぶん、説明が長くなってしまった。人間は緊張すると、やたらと饒舌になる。僕の心理状態は、つまりはそういうものだった。小心者の僕が、どれだけ、アイザックソン氏のインタビューにビビっていたかがお分かりだろう。
 しかも文系の僕は、テクノロジー系が苦手だ。「インタビューができそうだ」という提案を、「任せておけ!」とばかりに引き受けはしたものの、とてつもなく大きな不安が募った。そうだ、まずは彼の著作を読まなければならない。インタビューというものは、準備がものを言うのだ。

 そして、スティーブ・ジョブズの伝記を手にした。知ってはいたがこれまで読んだことはなかった。日本語に翻訳されたその伝記は、文庫版で上下合わせて1000ページを軽く越える。8月下旬に1週間もらった夏休みは、ほぼジョブズ漬けとなった。
 苦手なテクノロジー用語は頻出するし、緻密な取材ゆえの登場人物の多さも、読み進むうえではかなりの難敵だ。それなのに、驚くほど物語に引き込まれる天才であるが故の、本人と周囲の、測り知れないスケールの喜びと苦悩。「文系と理系の交差点に立てる人」にあこがれたジョブズ独特の美学。私見を交えず、事実を書き連ねるアイザックソン氏の手法によって、おのずと浮かび上がる歴史の断片と人間の生きざま。

 この著作に関連するアイザックソン氏の発言や講演などもリサーチしながら、夏休みは終わってしまった。そして、いよいよイーロン・マスクだ。こちらもまた上下合わせて約1000ページの大作である。同じく、テクノロジー界の天才だが、こちらはシンプルさを追求するジョブズとはまた違う、人類を救うSFのヒーローのような夢を持つ人物だ。
 求めるものは何としてでも実現するという姿勢の厳しさは、時に常識はずれではた迷惑な振る舞いが同居し、周囲を混乱に巻き込む。だが、こちらも果てしなく魅力的だ。アイザックソン氏は、ジョブズの時と同じように、そんなめんどくさい彼にじっと寄り添うようにして2年間を過ごし、見事な伝記を書き上げた。

 重ねて言うが、僕は小心者だ。だから、そんなすごい作家にインタビューするとなると、一生懸命、著作や関連資料を読み込む。本来は怠け者のくせに。そうしないと不安で仕方ないのだ。
 そしてもうひとつの僕の性格、「ええかっこしい」がそこに並存している。
 僕も、だれかに「ご職業は?」と聞かれると「ジャーナリストの端くれです」と言うことにしている。今回のインタビューの相手であるアイザックソン氏は、著名なジャーナリストであり、歴史家である。端くれではあっても同業種。「こいつ、なかなか核心を突いた質問をしてくるな」と思われたい。そして、良い答えを引き出したい。

 そして、当たり前だが相手は英語の話者である。僕の最大のコンプレックスは、4年間もアメリカに駐在したくせに英語に自信がないことである。しかし、そんなこと、「ええかっこしい」である僕はおくびにも出してはいけない。インタビューは1時間を予定している。あらかじめ質問の中身を練り、質問文の英語版を作り(これは本職に頼んだ)、自分なりに推敲して頭に入れ、流れを作り直す。新たな資料を読み込んで発見があるたびに整理し直し、さらに質問案に手を入れる。
 本来の毎日の放送に加え、時間を見つけてはその作業にいそしんだ。こんな風に聞いてこんな風に答えが返ってきたら、こんな風に切り込みたいな、などと考えていると果てがない。

 おっと、もうずいぶんと長文になってしまった。ちなみに、そうしてたどり着いたドキドキのインタビューは、15日金曜日の放送後、土曜日の未明に、アメリカのニューオーリンズにいるアイザックソン氏とオンラインで行われた。
 結果は・・・まあ、これについては来週の当欄でご紹介しようと思う。ちょっとだけ自慢すると、インタビューを終えた後、アイザックソン氏から、「素晴らしい質問をしてくれましたね」と言われてしまったのである。えへへ。
 まずは、放送をご覧ください。放送はたぶん、今週の早い時期になりそうです。お見逃しなく!

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(2023年9月18日)

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