化学反応のスタジオ
2023年04月10日

 もともと、おっちょこちょいである。
 小学生や中学生のころは、宿題のプリントの類を忘れ、休み時間にダッシュで家に取りに帰るのはほぼ毎日のことだった。それによって得たダッシュ力は、のちのち野球部でレギュラーの座をつかむ原動力ともなった(かもしれない)。そんなこと、今どき許されるのかどうかわからないが。
 おまけに、サービス精神過剰でお調子者のところもある。何か面白いことを言ってやろうと、常に心の中でチャンスをうかがっているようなところがある。たまに「ウケる」と、それがクセになって、もう61年も生きている。

 そういう僕にとって、新年度からの報道ステーションの陣容はとても油断がならない。
 手の内を明かすようで怒られそうだが、番組のチーフ・プロデューサーからはこんなふうに言われた。「3角形、4角形のスタジオを作っていきましょう」。
 何もスタジオをトンテンカンと工事して、物理的に形を変えてしまおうということではない。なんというか、出演者の本番のコミュニケーションのあり方を、もっと多角的なものにしていこうという、放送人特有の表現である。

 意味するところはこうだ。出演者それぞれが視聴者に向き合って伝えるという基本は変わらないのだが、出演者同士が、もっと自由にやり取りして化学反応を作り出そう。ニュース出演者の個性や考え方をスパイスとして効かせながら、ニュースがこれまで以上に立体的に、多様な意味を持って伝わるというようにしよう、とまあそんなところである。

 「いいじゃないですか。大いにやろう」と、僕は答えた。が、本当はドキドキだった。そして新年度がスタートして1週間が経った今も、ドキドキである。
 そもそも、1年半前に報道ステーションのキャスターとして仕事を始めるにあたり、僕はスタッフたちに生意気にもこんなことを語っていた。「なんていうかさぁ、もっと予定調和ではない番組を作りたいんだよね、個性あるアドリブ感満載で。どうです、皆さん?」
 僕は、NHKを離れてせっかく民放に来たのだから、キャスターの仕事はもっと自由奔放にできるものだと考えていた。しかも、報道ステーションという大きな番組を任され、すこしいい気になっていた。その結果、あろうことか、僕は敏腕ぞろいの番組スタッフをけしかけていたのである。
 
 ところが、というか、やはりというか。僕は早々に軌道修正せざるを得なかった。
 この番組は、「アドリブ感満載で」などと外部から乗り込んできた僕が、個性を気ままに発揮してハンドリングできるほど、甘くはなかった。いい意味で、である。
 一旦ことあれば、番組スタッフの取材展開は迅速で、かつ、山イモやワカメのめかぶみたいに粘り強い。ぎりぎりまで取材し、実に巧みで精緻な編集作業でオンエアーに滑り込む。前からそう感じてはいたが、この取材・編集チームが作るVTRのクオリティは、業界随一と言っていいほど高い。
 そこに、豊富な図表やイラストを使ったスタジオ解説が加わる。スタジオチームの作業は綿密だ。ひとつのファクトを多角的な見方で検証し、視聴者の胃の腑に「ストン」と落とす役割をこなす。こちらも迅速さと粘り強さのあっぱれな二刀流だ。

 番組に登板してほどなく、僕はその力量を知るに至り、「予定調和でなくてさぁ」などという威勢の良いかけ声は鳴りを潜めることとなった。
 これは引き締めてかからなければならない。コメントを任される部分にしても、アドリブ=適当であってはならない。アドリブ=受け狙いであっても当然ながらいけない。以来、僕は、VTRやスタジオ解説のクオリティを邪魔することのないよう、コメントすることに必死になった。そのために、あらかじめしっかり準備をし、コメントの中身についても精査を怠らないようになった。

 そこに満を持して、チーフ・プロデューサーからの「3角形、4角形のスタジオを」という提案だ。彼は、「あなたも1年半やったから、報ステがどのような番組か分ったでしょう。さあ、そろそろあなたが望む化学反応を起こしましょうよ、スタジオで」と言いたげに、僕の方をぎょろりとにらむ(ように見える)。僕が言った言葉がブーメランのように戻ってきた。いよいよキャスターとしての真価が問われる。

 スタジオ出演者たちの顔触れも変わった。月曜~木曜の小木アナ、金曜の徳永、板倉の両アナは変わらないが、これまでスポーツ担当だった安藤アナはニュースに、新たにスポーツコーナーは「熱闘甲子園」でおなじみのヒロド歩美アナが担当する。
 この面々は、まじめそうに見えてくせ者だったり、くせ者のように見えてやっぱりくせ者だったり、つまりはくせ者ぞろいである。「スタジオで化学反応を起こそう」などと覚悟を決めた瞬間に、このカタブツ一辺倒のおじさんに、どんな球を投げてくるか分かったものではない。
 そのおじさんは、カタブツなくせに、(冒頭自己紹介したように)おっちょこちょいでお調子者である。油断していると、ひょんなところでおかしな発言をしかねない。滑るくらいなら笑って流せても、それでは済まない場面もあるかもしれない。

 この1週間はなんとか無事に過ぎた。スタジオのトークが自由過ぎて、次の項目を紹介するコメントを忘れるという失敗はあったが、なんとかしのいだ。しかし、新たなメンバーも慣れてくる今週以降は、本当の試練となる。
 失敗しないように、今週以降はお地蔵さんみたいに何も言わないようにしようか。いや、それじゃ何のためのキャスターか分からない。えーい、勢いに任せてなるようになれと覚悟を決めるか。いやいや、それも危険だ。
 扱うニュースは森羅万象。悲惨なニュース、時代の節目となり得る重大ニュースもある。コメントすべきはしっかり視聴者に届けないと。
 心は千々に乱れる。ただ、これだけは心に決めよう。テレビはすべてを映し出す。その人の知性も感性も品性も。いまさらジタバタしてもしょうがないのだ。良き常識人であること。それだけを心がけて、きょうもスタジオに向かおう。
 春の日差しがあたたかい。読んでいる本を枕にコタローが爆睡している。さあ、リラックス、リラックス。

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(2023年4月10日)

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