政治家たちが夢に現れた
2022年07月25日

 寝苦しい夜が続く中、妙な夢を見た。
 村岡兼造さんという政治家から電話が入った。小渕恵三首相が亡くなったのだと言う。追悼の特別番組を作るから、ずっと自民党小渕派担当の記者をやってきたお前が、制作を担当せよという命令だった。
 「はい、もちろんです」と自信満々に僕は答えた。それにしても、小渕派の幹部である村岡氏はなぜか上司のプロデューサーとなっている。いかにも夢らしい。

 番組には小渕さんをよく知る語り部に登場してもらう必要がある。早くアポを取らなくてはならない。夢の中で僕は思案した。
 ここはやはり橋本龍太郎さんか。小渕さんとは同い年で、同じ派閥の盟友である。小渕さんの前任の首相を務めた通称「ハシリュウ」が適任ではないか。しかし、双方の胸の中にはライバル意識があったはずで、どうも生々しすぎる。

 梶山静六さんはどうか。「大乱世の梶山」と呼ばれ、旧竹下派の分裂騒ぎの時は、小沢一郎氏(現・立憲民主党)らを中心とする勢力と真っ向から張り合い、政界きっての「軍師」と言われた人でもある。
 しかし、梶山さんは派閥を脱会して自民党の総裁選に立候補し、小渕さんと袂を分かった。この人もまた、関係が複雑すぎる。

 そうだ、この人がいた。野中広務さん。京都の町議から府議、副知事、衆議院議員と階段を上ってきた叩き上げだ。ケンカ(殴り合いの方ではなく政治流の、である)にめっぽう強く、情に厚い。小渕首相には官房長官として仕え、関係性も抜群だ。
 ああ、しかし、野中さんは先日亡くなったばかりだ。
 どうしよう、これでは番組が成り立たない。もう時間がないと焦っているうちに目が覚めた。

 しばらく、夢と現実の区別がつかなかった。しかし、あることに気が付いて落ち着いた。取材でお世話になったこれらの政治家たちは、もうこの世を去っている。一方で、妙に悲しくなってふと涙が出た。朝、起きて泣いている60歳のおじさんは、かなり異様である。

 夢だから時間の経緯や脈絡がつながらないところがあるが、小渕さんをめぐる人間関係はそれなりに正確だ。
 ちなみに、ここに出てきた政治家たちは、1992年、自民党最大派閥である「経世会(旧竹下派)」が、親小沢・反小沢で真っぷたつに分裂した際の、反小沢勢力の中心的な存在であり、小渕派の旗揚げにかかわった人たちだ。小渕派は一時、小規模派閥に転落し、影響力が低下したが、橋本、小渕と2代続けて総理・総裁を輩出し、一気に返り咲いた。僕はこの小渕派の誕生から最盛期までを取材した、若き政治記者だった。

大越さん② 大越さん③

 亡くなった順で言うと、首相在職中に倒れた小渕さんが2000年5月。党の幹事長や橋本内閣の官房長官を務めた梶山さんが同年6月。小渕さんの前任の首相である橋本さんは2006年7月。党幹事長や小渕内閣の官房長官を務めた野中さんが2018年1月。そして、橋本内閣で梶山さんの後任の官房長官を務めた村岡さんが2019年12月だ。
 僕がアメリカ赴任中に亡くなった橋本さんを除いて、ここに出てきた皆さんの「お別れの会」にはすべて参列させてもらった。そして、今朝と同じように涙した。

 政治の取材とは、難しい政策の中身や、国会の仕組みを学ぶことばかりではない。むしろ、愛憎や信頼、離反といった人間の情を絡め取る作業だ。一生懸命にやれば情報にありつけるという、単純な図式でもない。
 どのような手段にせよ、相手の懐に入ることができれば、政治家はたとえ記者が若僧であっても信頼し、壁を越えて人間関係を築くことができる。それこそが政治取材の醍醐味だ。

 けさ、不思議な夢を見たのは、先週、凶弾によって安倍元首相を失った自民党最大派閥「安倍派」の、今後を占うニュースを取り上げたからだ。主がいなくなり、集団指導体制の構築も難しく、同派は空中分解の可能性すら取り沙汰されている。悲しみの中でも新たな権力闘争が始まり、関係する政治家たちの思惑が交錯する。

 だが、僕はいま、永田町の現場に立つ記者ではない。むしろ、今後こうした難しい局面の取材に臨む若い記者たちのことを思っている。
 思惑が渦巻く難しい局面に飛び込み、情報を取るのが記者たちの仕事であり、きれいごとばかりでは済まない。しかし、政治取材の面白さを知る格好のチャンスである。だから、思い切り触角を伸ばし、細心の注意を払い、勇気をもって取材してほしい。政治の、いや人間社会の本質に触れる、かけがえのない取材経験になるはずだ。バランスと客観性を担保するのは、上司であるキャップやデスクにある程度任せてもいい。

 僕が、故人となってしまった過去の取材対象を思い起こして感傷に浸ったのは、そうやって躍動していた若い自分への懐古のなせる業かもしれない。過去を美化しすぎているのかもしれない。だが、僕もまたスタジオという違う現場に立つ身である。共に切磋琢磨する若い政治記者たちにエールを送りたい。

(2022年7月25日)

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