まだ、梅雨入りもしていないのにこの暑さ。
僕はこのフレーズを2日間で2回も使ってしまった。1回目は14日金曜日の放送の冒頭、2回目は翌15日の、息子の結婚式でのあいさつである。
一応、新郎の父親ということで、最後の方に親族代表としてのあいさつが回ってきた。それなりの成功と失敗の人生の中で、生涯の伴侶とめぐり合うことができた息子の喜びに、柄にもなく僕の感情はすっかり同化してしまっていた。息子との結婚を決断してくれた彼女と、ふたりを支えてくれている人たちへの感謝の気持ちでいっぱいだった。そんな僕は、マイクの前に立つと一瞬、言葉が全て飛んでしまった感覚になり、前日のスタジオと同じフレーズを口にするのが精いっぱいだったのである。
「まだ、梅雨入りもしていないのにこの暑さ(あれ?これ、きのう言ったなと、このとき気づく)。そうした中、多くの方に足を運んでいただいたことに、心から感謝申し上げます」。
うっすらと雲がかかり、湿気を多く含んだどんよりとした風がめぐる。スマートフォンを見ると式場の外の気温はとっくに30度を超えている。雨が降らない梅雨、というべきか。この数年の異常気象の連続で、少々のことにはもう驚かなくなっている自分がいる。しかし、社会全体としてみれば、少し軸がずれてしまったかのような季節のめぐりは、人間の行動の軸まで揺るがしているようでもある。このところのニュースを振り返ると、殺伐とした事件を伝える機会があまりにも多かった。
北海道旭川市で、21歳の女が、17歳の女子高校生を監禁した上、渓谷の橋から転落させて殺害したとして逮捕された。本人が「舎弟」と呼んでいたという19歳の女と共に犯行に及んだ。背筋が寒くなるような事件である。被害者家族の心情はいかばかりだろう。
発端はSNSをめぐるトラブルだった。容疑者の画像を被害者が無断で使用したことに腹を立てたのだという。その後の詳しい経過は不明のところが多いが、トラブルのもとがSNSだったということ自体、現代を象徴しているようにも思う。
一方で、報道ステーションの取材に応じた容疑者の知人は、事件の前後に容疑者が被害者について、「ヤキを入れる」、「舐められるわけにはいかない」、「分からせてやる」などと話していたと証言している。
時代は変わっても、人間には元来、危険な暴力装置が備わっている。古今東西、残念ながらそのスイッチが入りやすい人も一定数はいる、ということか。
ならば、過ちを犯した人の再犯を防ぎ、就業などを通して社会に適応する仕組みを社会が整えることは、極めて重要なことになる。その中核の役割を果たしているのが、全国で活動する保護司の人たちである。
しかし、滋賀県大津市で、その保護司の男性が殺害されるというなんとも切ない事件もあった。被害者は、レストランを経営する60歳の保護司だった。逮捕されたのは、この保護司が担当する保護観察対象者の35歳の男。男は5年前に強盗事件を起こして執行猶予中であり、生活相談や就労支援のため、のちに被害者となる保護司の男性と面談を重ねてきたのだった。
事件の経緯はこれから明らかになっていくだろう。保護司は非常勤の国家公務員の地位にあるが、交通費などを除いて無給である。なかなか務まる仕事ではない。篤志家として地域の尊敬を集める人が多いのもうなずける。
これまで、保護観察対象者による保護司の殺害というのは例がないという。これは逆に言えば、社会の壁にぶつかりがちな観察対象者たちを、保護司の皆さんがいかに丁寧に更生に導いてきたかの、証の一部とも言える。最近は高齢化と成り手不足が言われる保護司の世界に、今後、二の足を踏む人が出ないことを願う。
リズムが狂ったお天気の中、なかなか嬉しいニュースに出会う機会がない。暑さに気持ちが萎えてしまい、日課の散歩に出ることも少なくなった。
せめて外の空気は吸わなくちゃと、わが家の小さな家庭菜園に出てみる。
すると小さな発見があった。もういくつもの実をつけるようになったキュウリの根元を見ると、明らかにそれとは違う植物が枝分かれして伸び、花まで咲かせている。園芸のサイトで調べてみると、これは西洋カボチャだった。ひとつの苗から、キュウリとカボチャが育っているという不思議な光景。
思い出した。この苗は、「接ぎ木苗」だった。接ぎ木とは、苗の一部を切って台木とし、そこに別の苗(穂木)をつなぎ合わせることを言う。台木と穂木の良い所をとって、病気などに強い苗とするために行われる。接ぎ木苗は通常のものよりも100円ほど高いのだが、たくましく育ってほしいという願いを込めて、この春に購入し、植えたものである。
サイトでもう一度検索してみると、キュウリの接ぎ木苗の台木にはカボチャが使われることが多いという。台木の芽が残っていると、それが育ち、花が咲き、実がなるという現象が起こるらしい。珍しい光景を目にして、なんだか得をした気分になった。世の中、悪いことばかりではないさ。
きのうの息子の結婚式当日は、曇り空でねっとり暑さがまとわりつくような陽気だった。にわか雨の可能性も否定できず、式場の外での記念撮影には少し気をもんだ。
だが、式も披露宴も滞りなく終えることができた。
披露宴の最後に息子が感謝の言葉を述べた。蒸し暑さにばかり気を取られる父親と違い、「曇り空の中にも、青空がのぞいてくれました」と、この日の空模様を前向きに描写していた。お開きの後、「温かな、すばらしい結婚式でしたよ」と沢山の人が声をかけてくれた。
そう、息子の言葉の方がはるかに頼もしい。ふたりで歩む人生も、雨が降り、雲が垂れこめる時もあるだろう。でも、それを補って余りある青空だってある。
重苦しいニュースがあふれる中でも、少しでも未来へのタネを見つけていこう。花婿の父のタキシードから、戦闘服とも言えるスーツに身を整えて、週明けからまたスタジオでの真剣勝負が始まる。
(2024年6月16日)