空中分解するかもしれない
2024年04月30日

 政治が空中分解しそうだ…。4月28日に投票が行われた衆議院補欠選挙のニュースを見ながら、僕はふとそんなことを思った。

 野党・立憲民主党の元職が勝利した衆議院島根1区。「自民王国」と言われたこの選挙区で、細田前衆院議長の弔い選挙となった自民党だが、歴史的な敗北を喫した。
 選挙戦の告示日から2日間、僕は広い選挙区を取材に回った。宍道湖のほとりに位置する県都・松江は落ち着いた風情の街だ。だが、それはある種の寂しさにも通じる。JR松江駅に隣接する県内唯一の百貨店はことし1月に閉店したばかり。過疎・高齢化が容赦なく襲いかかっている地域だ。

 2人の候補の遊説先を追いかけ、何度も行き来しながら、1日目の夜、僕は自民党候補のこの日最後の遊説ポイントに向かった。松江市中心部から中国山地へとロケ車を走らせること1時間半。すっかり夜の闇に包まれる中、目的地である奥出雲町に到着した。
 山あいの集落である。そこには20人ほどの熱心な有権者が集まっていた。選挙カーで時間ぎりぎりに到着した候補者は、朝からの運動の疲れを見せることもなく、興奮した面持ちで支持を訴え、一人ひとりと握手をしていく。ひなびた集落を覆った一瞬の熱気に感情が揺さぶられたか、僕は改めて思った。そうだ、政治とは与野党を問わず、こうして愚直に有権者に語りかけ、丁寧に信頼を勝ち得ていく作業なのだ。

 翌朝、今度は日本海に面した小さな港町で、僕は自民党本部から応援に訪れたある党幹部と立ち話をする機会があった。実はこの人と僕は、取材を通じた古い顔なじみである。前夜の光景について、僕は「政治の原点を見た思いがした」などと話した。
 党幹部は、「その通り。私たちはそうして政治をしなければならない」と、自らに言い聞かせるようにして語った。そして付け加えた。「でも今回の選挙では、支持者が起きてきてくれない…」。

 僕も前日の取材で、そのことを肌で感じていた。
 雲南市の小さな街場での、自民党候補の街頭演説。ご近所の仲良しと思われる4、5人の高齢女性が話に聞き入っていた。演説後、今の思いを聞こうとマイクを向けると、1人が「自民党を支持します」と答えてくれた。それ以外の人たちは恥ずかしがって逃げてしまう。そこでカメラを止め、マイクなしでもう一度話しかけた。「もし立憲民主党の候補が同じ場所で演説をするとしたら、聞きに来ますか?」。すると、みんなが一斉に強くうなずいた。「もちろん、来ます」
 彼女たちはもともと自民党支持だという。だが、今回は投票をためらっていた。「支持者が起きてきてくれない」という党幹部の実感のとおりである。一方で、彼女たちは政治に対して真剣だと感じた。少なくとも、今回立候補した自民党・立憲民主党双方の候補者の話を聞いて、投票先を決めようとしているのだから。

 安来市の中山間地で長年、林業や農業を営み、自民党員でもある澤田直明さんもそうしたひとりだ。いわゆる裏金問題をめぐる一連の対応を「党員として恥ずかしい」と言う。「お灸をすえる」という意味でも、今回ばかりは立憲民主党に1票を投じることを考えていた。しかも、澤田さんが自民党に抱く疑問は、一過性のものではなかった。

 1996年から、衆議院ではひとつの選挙区当たり1人が当選する小選挙区制(比例代表並立制)が適用された。それまでは中選挙区制で、複数の議席をめぐって候補がしのぎを削り、選挙戦は「サービス合戦」との批判を浴びながらも活気を帯びた。澤田さんはその頃を懐しんだ。小選挙区制となって以来、島根1区は自民党の不動の指定席になった。その結果、澤田さんは政治の緊張感が薄れたと感じている。
 過疎・高齢化に歯止めをかけたいこの地域にとって、政治への期待は切実だ。なのに、頼りにしてきた自民党は、旧態依然とした「振興」を空約束するだけで、ふるさとは廃れていくだけ・・・澤田さんはもう我慢の限界のように見えた。「政治とカネ」の問題で「お灸をすえる」という言葉以上の、一過性でない複雑な感情を澤田さんは抱いていた。

 わずか2日間の島根取材で、政治をめぐる今の状況のすべてを知ることなど土台無理なことは承知している。しかし、「真実は細部に宿る」という言葉の通り、雲南市の女性たちの声も安来市の澤田さんの声も、紛れもない真実の断片であり、そうした声の積み重ねで、「自民王国」はあっけなく崩れた。

 一方で、勝利した立憲民主党を含め、野党への信頼が醸成されているわけではない。
 政治とカネの問題は選挙結果に大きな影響を与え(東京15区、長崎3区で自民党は候補すら立てられなかった)、確かにお灸はすえられた。だが、有権者が抱く日本の将来への不安について、その全てを引き受けるだけの政治勢力の塊はまだ見当たらない。立憲民主党の泉代表は、補欠選挙全勝という結果を受けて、衆議院の解散・総選挙に追い込むと気勢を上げるが、勢いをそのままに総選挙を戦い、仮に自公を過半数割れに追い込んだとしても、その先の政権の姿まで責任をもって示すことはできていない。

 沈んだ党と浮かんだ党、それ以外の党。政界は百家争鳴である。多様性は社会の宝だからそれは結構なことだが、政治の世界では「多様性の中の統一」だって必要だ。空中戦で言うだけ言って、喫緊の課題である政治資金制度の改革すら与野党が一致点を見出すことができなければ、政治と国民の乖離は決定的になる。
 政治が空中分解してはならない。政治の底が抜けてもいけない。もうしそうなれば、その先にあるのは出口の見えないカオスであり、得体のしれない怪物の登場かもしれない。

(2024年4月30日)

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