台湾風味
2024年01月15日

 台北の街には、あちこちにコンビニエンス・ストアがある。その玄関先に必ず貼ってあったのが、このようなポスターだ。

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 漢字で意味がつかめるのが日本人にはありがたい。「能登半島地震の被災地のために支援をしよう。日本、がんばって(加油)」と書かれているのが分かる。実際、発災当初から台湾からはたくさんの善意が寄せられている。

 その台湾は、政治の岐路に立っていた。
 4年に一回の台湾総統選挙が行われた13日、与党・民進党の選挙集会が行われる台北中心部の会場に陣取った。早めに到着したつもりが、すでに人で埋め尽くされていたので最初は気づかなかったが、少し上を見ると、群衆の頭の上に信号機があるのが分かる。

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 そう、ここは幅20メートルほどの道路を閉め切って集会の会場にしているのである。これまでテレビで目にしてきた台湾の熱狂的な集会は、なるほど、こうした舞台で繰り広げられているのか。

 午後4時に投票が締め切られると、会場の巨大なモニター画面に、いきなりテレビ局の開票速報が映し出された。締め切りと同時に各地で開票が始まるのが台湾の特徴で、4時を過ぎた途端に、100票、200票と各候補の獲得票が積み上げられ、群衆からさっそく大きな歓声が上がる。

 台湾総統選挙は今回、長らく続いた国民党、民進党の二大政党の戦いから形を変え、民衆党という新勢力が参入した3つ巴の戦いとなった。野党である国民、民衆の両党は、候補の一本化を模索したがかなわず、民進党ややリードというのが事前の見立てだったが、果たしてどうか。開票から1時間が経過し、民進党の頼清徳氏が得票率37%、国民党の侯友宜氏33%、民衆党の柯文哲氏30%という接戦だ。だが、早くも勝利を確信した支持者たちが会場にどんどん集まり出した。幅20メートルほどの通りを埋めた群衆は3~400メートルの長さにもおよび、規制線を越えたところにもあふれ出している。

 台湾総統選挙では、毎回、大陸中国との向き合い方が最大の焦点となる。中国の習近平国家主席は、台湾統一の野心を隠さない。つまり中国と毅然と対峙するか、融和を図るかによって、台湾海峡は一触即発の危機が膨張する。そんな懸念が、今回の選挙に世界が注目する最大の理由なのである。
 開票開始から4時間余りが経過し、まず柯文哲氏が、次いで侯友宜氏が相次いで敗北宣言。頼清徳氏の勝利が決まった。現職の蔡英文総統に続いて、これまで副総統だった頼氏本人が壇上に上ると、会場の興奮は最高潮に達した。旗が、バナーが激しく振り上げられる。健康管理のために愛用している僕のスマート・ウオッチは、「これ以上騒音の中にいると鼓膜が危険です」と警告していた。

 中国からの独立志向が強い民進党に対し、中国は常に圧力を強めてきた。これに対し蔡英文政権は「現状維持」を訴えてきた。中国への刺激を避けてきたのである。後継者の頼清徳氏は、より積極的に独立論を語っていたことがあり、中国の出方を懸念する向きが多い。
 だが、当の台湾の人々は、対中関係には敏感だが、台湾人としての自信もすっかり根付いているように思う。翌日、鼓膜に異常がないことを確認した僕は、台北市内の学生アパートを訪ね、共有スペースで5人の学生に話を聞くことができた。

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 総統選の投票率は72%近くに上り、日本の直近の衆議院選挙がおよそ56%だったことを考えるとずいぶんと高い。それでも学生の一人は「投票率が低かったですね」と不満げだ。台湾の政治意識の高さは、取材に来るたびに驚かされる。
 そして、別の学生は中国についてこんな風に分析して見せた。
 「経済が低迷し、習近平主席は国をまとめるのに苦労しているのでは。そのために台湾統一で求心力の強化を図っている」。

 台湾で初めて民主的な総統選挙が行われたのが1996年。若者たちの多くは民主主義を当然の政治の姿として育ってきた。同時に、台湾は中国の一部なのではなく、事実上の独立した「国家」だとも考えている。彼らにとって、中国の覇権主義は脅威ではあるが、台湾が同じ「国家」として対等に付き合っていくべき相手とも感じている。

 学生たちの声に頼もしさを感じながら、ある重要人物にインタビューした。いまの蔡英文総統誕生の立役者のひとりであり、日本の内閣官房副長官にあたる総統の副秘書長を務めた姚人多氏である。
 民進党の勝利で政権は維持できたものの、民衆党の台頭で得票率は下がり、もろ手を挙げて万歳というわけにはいかないと気を引き締めていた。習近平政権が、頼清徳新総統の独立志向をくじくために、様々な圧力をかけてくるであろうとも。

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 しかし、高台のテラスで行ったインタビューの最後、彼は台北の街を見下ろしながら言った。「あれほど激しい選挙戦を繰り広げながら、一夜明ければ街はこの通り、平和な日常が戻っている。それこそ、民主と自由の台湾なのです」。
 選挙を公明正大に闘い、戦いが終わればまたひとつの台湾として動き出す。異なる意見を尊重し、多様性を重視する社会。台湾の人たちはそれをとりわけ大切にしている。

 一連の取材を終え、火鍋の店で夕食をとった。鍋は真ん中でふたつに仕切られ、片方は赤い色をした辛いスープ、片方は鶏の出汁が効いた白いスープである。辛いもの好きの僕ではあるが、この日は白いスープの味がことのほかおいしかった。台湾の人はほとんどしないという、しめの雑炊まで平らげてしまった。
 優しい味だった。これこそ、台湾の風味だと感じた。

(2024年1月15日)

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