「ひき肉です」
なんと、ことしはこのフレーズが日本中を駆けめぐったのだという。全く知らなかった。「ちょんまげ小僧」という男子中学生のグループがYouTubeに投稿した動画の中で、ひとりが「ひき肉です」と自己紹介?したのをきっかけに、SNSで激しくバズったのだそうだ。ことしの流行語大賞の候補にまであがり、木曜日の報道ステーションで取り上げることとなった。
いったい何が面白いのか?
その謎を解くために、皆さんに私から誠心誠意ご説明申し上げましょう。
まずは発声。基本的には早口。「ひ」から「き」にかけて少し音階が上がり、「に」でもう一段上がり、「く」でそれは最高潮に達する。「く」を発音するときは、高音への急激な移行がポイントである。その「く」を発声するという大仕事を終え、音階を下げながらフェードアウト気味に「です」を発すると、そこに心地よい一瞬の静寂が訪れるのだ。ああ、しあわせ。
この発声と同時に、両手を少し回し気味にしながら、伸ばして広げて止めるという動作を決めるのが、本家の「ひき肉です」なのである。
どうです、面白いでしょう。えっ?さっぱりわからない…
まあそうでしょうね。
つまりは、ネットで調べた方が手っ取り早い。
オリジナルの「ひき肉です」は、何てことない中学生のおふざけなのだが、それがTik Tokなどのツールで、いろんな人がいろんなバージョンの「ひき肉です」を投稿した。この「ひき肉です」関連の動画再生回数はTik Tokだけでおよそ5億回(!)に上ったという。
そこで、無数の「ひき肉です」を閲覧しながら、ジャーナリストである僕のスルドイ感覚が何かを捕らえた。
実はこの大流行は、「ひき肉だからこそ成し得た快挙」なのではないか。僕はそうひらめいたのである。いいぞいいぞ。
ひき肉は、ご存じハンバーグやメンチカツの主戦力だ。細かく刻んだ玉ねぎなどと一緒に一生懸命、手でこねて作り上げてくれる愛情の一品は、このひき肉から生まれる。お母さんが愛情のあまり、「ピーマン嫌いのウチの子も、細かくすれば食べてくれるかしら」と欲張った結果、緑色のそれを混ぜ込んで子どもにバレるというリスクをはらんだりもする。
つまりは、手間ひまかけてなんぼ、という食材がひき肉なのである。
まだあるぞ、ひき肉。
豚とか牛とか合びきとか、ひき肉にもいろいろあるが、鶏のひき肉という存在もまた、「つくね」という素晴らしい具材へと出世することがある。時には鍋ものの主役を張ることもあれば、焼き鳥屋さんの看板メニューになるケースだって珍しくない。「ウチのつくねは、玉子の黄身と一緒に、タレでお召し上がりください」などと別皿で運ばれてきて、値段も「もも肉」とか「砂肝」などより4割ほど高く設定されている場合、その店主が「つくね」によほどこだわりを持っている証拠となる。
「ひき肉、いい仕事してるじゃないか」とつぶやいてみよう。ドラマ「孤独のグルメ」で井之頭五郎役を演じる松重豊さんふうに。
つまりは、ひき肉は、その地味さゆえに、かえっていろいろな応用の可能性を秘めた食材なのである。そして、「ひき肉です」というひとりの中学生のシンプルな一発芸もまた、ネット利用者の旺盛な創作意欲によって、SNSというツールとともに、その無限の可能性を開花させるに至ったのである。
というのが僕の見立てなのですが、いかがでしょうか。
僕個人はと言えば、流行語大賞にノミネートされた言葉のうち、「憧れるのはやめましょう」という、大谷翔平選手の言葉が好きである。あのWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でのアメリカとの決勝戦直前。マイク・トラウト選手ら居並ぶメジャーリーガーたちと戦うにあたって、彼らはいま憧れではなく、超えるべき対象なのだと訴えた言葉である。何という力を持った言葉だろう。
やっぱり、今年の流行語大賞は、「憧れるのはやめましょう」がいいような気がする。
とはいえ、「ひき肉です」も捨てがたい。手間をかければおいしく(面白く)なるというその一点において、愛情のこもった変わらぬ家庭料理の味わいと、ネット空間に波打つ情報拡散の力のすさまじさを、見事にクロスさせた出色のフレーズと言える(大越健介評)。
さてと、そろそろ屁理屈こねるのはやめて、日本シリーズ見よっと。今は日曜日の午後6時である。オリックスと阪神の関西ダービーはこれまで3勝3敗。いよいよ天下分け目の戦いである。うー、楽しみ。
そういえば、オリックスのゴンザレス選手、第5戦でホームランを打った後に、さりげなく「ひき肉です」のポーズをしていた。メジャーリーグ出身の強打者をも動かす、恐るべきパワーワード。オリックスが日本一になり、ゴンザレス選手がMVPに選ばれたら、「ひき肉です」が流行語大賞を獲得するのは、ほぼ間違いないと言えよう。
(筆者注)
結局、日本シリーズは阪神が「アレ」をつかみ、その結果ゴンザレス選手がMVPを獲得することはなく、流行語大賞に「ひき肉です」が選ばれるかどうかは全く分かりません。
(2023年11月5日)