挑戦するということ
2021年12月05日

松岡修造さんという多才な人の持ち味のひとつは、相手の心を開くことのできるやさしさと生真面目さだと思う。報道ステーションのスポーツコーナーでは、その修造さんが行うインタビュー企画が僕の楽しみになっている。

11月29日に放送された、男子バスケットボール日本代表のトム・ホーバスヘッドコーチ(54)のインタビューはとても刺激的だった。夏の東京オリンピックで、女子の日本代表を銀メダルに導いた名将がホーバスさんだ。ご記憶の方も多いだろう。

ふたりのトークは冒頭から盛り上がっていた。
ホーバスさんの日本語はとても上手だ。しかし語学力以上に、伝えたいという強い気持ちが言葉に乗り移り、豊かな表情とともに思いがビシビシ伝わってくる。それを引き出しているのが、ほかならぬ修造さんの絶妙なリアクションと的確な問いかけだ。なにより、アスリート同士という一体感が、本音を語りたくなる空気を作り出す。修造さんならではのインタビューだ。

なぜ女子代表を銀メダルという高みに導くことができたのか。それは3ポイントシュートにあった。体格で劣る日本代表が世界を相手に勝ち抜くための最大の武器。チャンスが来たら必ず3ポイントシュートを放つべしと指導した。挑戦を怠ってはいけないと。
だが最初のころは徹底しなかった。調子が悪い選手はシュートを遠慮して他の選手にパスをする。それをホーバスさんは厳しくたしなめたという。「打たないのはワガママ!」
聞き手の修造さんが絶句した。「えっ・・・」。
まるでそれまでの価値観がコペルニクス的に転換してしまったとでも言うように、修造さんがホーバスさんを見つめる。その修造さんの一瞬の絶句は、「視聴者の皆さん、この発言こそ肝ですよ!」と促しているようでもある。そして修造さんのねらい通り、見ているこちらも強く共感する。

いわゆる日本人らしさとは真逆の発想なのだ。日本人ならたぶん、自分の調子が今ひとつなら調子のよい他の選手にパスを回すことを良しとする。手柄は自分ではなくても、それがチームのためだと考える。しかしホーバスさんはそれを「ワガママ」と切って捨てた。調子が悪いからと言って役割を放棄することこそ「ワガママ」なのだと。

そのホーバスさん、オリンピック後は男子代表のヘッドコーチに就いた。「ビッグチャレンジですね。男子が僕の気持ちをブロックするか、ウェルカムするか、どっちかな」と不敵な笑みを浮かべ、VTRは終わった。見る者に多くの気づきと考えるヒントを与えてくれる、修造さん会心のインタビューだった。

大いに刺激を受けた僕は、翌日から自分の態度や行動をいろいろ見直すことになった。まずはキャスターとしての自分について。
報道ステーションという看板番組のキャスターの座に、地味な自分が果たしてふさわしいのだろうか、などと遠慮がちに考えることがしばしばあった。
勝手に恐縮してもいた。スタイリストもメイクアップ・アーティストも、その道の一流のスペシャリストがついてくれている。こんな冴えないおっさんでは、コーディネートのやり甲斐もないのでは、などと申し訳なく思っていた。

だが、ホーバスさんに言わせれば、それこそ「ワガママ」なのである。役割を与えられてそこにいるのに、ビビッて引っ込み思案のままではチームにとってマイナスでしかない。
だから本番前に衣装を着替え、メイクをするときには、合戦に向かう武将の心意気をイメージするようにした。将たるものにふさわしい身なりを整えるのだ。何も遠慮する必要はない。堂々とした佇まいで、スタイリストやメイクさんの仕事ぶりに応えようと腹をくくった。
どうでしょう?最近のスタジオでの立ち居振る舞い、我ながら立派なものではありませんか(あくまで個人的見解です)。

01

12月2日の木曜日には、野球の日本代表・侍ジャパンの監督就任が決まった栗山英樹さんがスタジオに来てくれることになった。松岡修造さんのような、鋭く、華のあるインタビューを展開したい。
栗山さんとは重なるところもあった。同い年だし、違うリーグながら同じ時期に大学野球で汗を流した関係でもある。プロ野球を引退後、栗山さんは日本ハムの監督に就任する前、スポーツキャスター・コメンテーターとして活躍した。報道ステーションのスタジオもまさに彼の主戦場だった。僕にとってはいわばその道の先輩でもある。

生放送のインタビュー本番。「代表監督就任おめでとうございます、と同時に、報道ステーションにお帰りなさい!」と、まずは余裕しゃくしゃくでスタートした。
「実は栗山さんと私は同じ時期に大学野球を通じて知り合いで・・・」などと自慢げに話を振ったのだが、そこで場面は反転する。「大越さんの方がジャパンのことには詳しいじゃないですか、教えてくださいよ」と栗山さんがニヤリとしながら逆に仕掛けてきた。
1983年の日米大学野球の日本代表選考会。お互いに代表候補としてグラウンドに立ったことがある。栗山さんは超のつく強打者が揃う外野手の枠で惜しくも選に漏れたが、僕は投手として代表の末端に名を連ねることになった。栗山さんはそれを念頭に僕に話を振ったのである。

修造さんのように上手に話を引き出すところが、逆質問されてすっかりうろたえてしまった。「いやあ、私の場合は代表と言っても1試合しか出場しなかったし・・・」などとしどろもどろになってしまった。栗山さんは「日本代表に選ばれたなんてすごいですよ」などとさらに僕を持ち上げつつ、その時点でトークはすっかり栗山さんのペースである。
つまり、僕なんかより、栗山さんの方がテレビというものをよく知っている。
スタジオをのっけから自分のものにしてしまうと、代表監督就任の重み、子供たちに伝えたい野球の魅力、2023年のWBC・ワールドベースボールクラシックへの決意を熱く語った。その熱さに打たれ、話に引き込まれるうちにあっという間に時間が来てしまった。

修造さん並みの秀逸なインタビュアーとはいかなかった。
だが、こちらが時間を忘れて面白かったのだから、視聴者もきっと耳を傾けてくれただろう。栗山さんの話はそれほど魅力的だった。だから、結果オーライである。
番組視聴率を見てみると・・・いい数字であった。なおのこと、よかった。
キャスターとしての僕には、まだまだ挑戦の余地がたくさん残されている。それはとても幸せなことだと思う。
渋谷から六本木にやってきた初老のキャスター、いまだ進化の途中である。

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