続・小心者がインタビューに臨むとき
2023年09月25日

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 前週に続いて、イーロン・マスク氏の伝記を出版した、ウォルター・アイザックソン氏へのインタビューのことを書く。
 ジャーナリズム界の大先輩とあって、大いに緊張して臨んだのだが、アイザックソン氏は、アメリカからリモート画面に柔和な表情で登場するとすぐ、「すみませんが5分くださいね。コーヒーでのどを潤してくるので」と人懐っこい笑顔を浮かべ、わずかな時間、画面から去った。
 このあたりに、アイザックソン氏の長年の経験で培われた、「人との間合いの取り方」の熟練があったように思う。この数分によって、インタビューに前のめりになっていた僕の緊張をも、ほどいてくれることになったからだ。

 インタビューでは、超多忙で、感情の浮き沈みが激しいマスク氏への、2年にわたる密着取材と執筆がどのようなものだったかを聞いた。さぞ大変だったのではないか、と。
 「取材はビーチでのんびり冷たいビールを飲むようなものではなく、ピリピリと張りつめっぱなしでした」と、アイザックソン氏はまずは笑顔で返すと、マスク氏との「真剣勝負」を語った。
 「私が『2年間、完全密着で取材して、あらゆる会議も含め、完全にNGなしでお願いしたい』と申し出ると、驚いたことに彼からOKが出ました。そして私からもうひとつ条件を出しました。『内容に一切干渉しないこと。出版前に原稿を見せるつもりもない』と。『ふざけるな』と一蹴されると思いましたが、OKが出ました」。

 取材する側もされる側も、一切の忖度(そんたく)なし。あっぱれだ。
 マスク氏というイノベーターの人間像についても聞いた。しかしこの質問には少し気を使った。アイザックソン氏は、アップル社を創設した故スティーブ・ジョブズ氏をはじめ、天才たちの独特の人生を綴った伝記で知られる人だ。そんな彼に、安易な「天才比較論」を聞くのは気が引ける。しかし、聞きたい。そこでおずおずと切り出した。

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 「ジョブズやアインシュタインといった天才たちとの比較は無意味かもしれませんが・・・あなたが伝記を書いてきた天才たちの中でも、マスク氏の特異性とは何でしょう?」。
 こちらの少し遠慮がちな態度に、少しばかり通じるものがあったようだ。

 「うれしい質問ですね。『マスクはジョブズと同じ?』としょっちゅう聞かれるんですが、答えは『ノー』で、人はそれぞれ違うのです」。
 アイザックソン氏の語りが乗ってきたような気がした。
 「マスクは製品だけでなく、製造過程や工場にも気を配ります。マスクの信条は、設計者やエンジニアと一緒に製造ラインに立つか、すべて自分ひとりでやらない限り、イノベーションはうまくいかない、というものです」。
 「あなたが考える『天才』の定義とは何でしょう?」
 「私は『天才』を『切れ者』とは別物ととらえています。型にはまらずに考える想像力と、創造力が求められます。ジョブズの言葉を借りれば『違う目で見る(Think Different)』です」。
 なるほど。そして僕なりに解釈すれば、宇宙開発やEV革命などを通じて人類を救うという壮大な夢へとつながるのが、あまたの天才の中でのマスク氏の特異性ということなのだろう。

 だからこそ、というべきか、マスク氏が携わる高度な科学技術は、国際政治と密接なかかわりを持つようになる。
 マスク氏が開発した衛星通信サービス・スターリンクは、その機密性の高さから、ロシアによる妨害を受ける可能性が低く、ウクライナの防衛戦争における通信手段として大きな役割を果たした。ところが、ウクライナの奇襲先がロシアの実効支配下にあるクリミア半島に及び、第三次世界大戦へとエスカレートすることを懸念したマスク氏は、この地域でのサービスの提供停止を判断する。
 その時の一連の苦悩を、アイザックソン氏は目の当たりにしていた。

 「奇襲攻撃の成否を決める力が彼(マスク氏)の手にあったのです。思うに、ひとりの手には大きすぎる力でしょう。『いつから私はこの戦争に関わったのだろう。もともと映画を見たり、ゲームを楽しんだりという娯楽目的で作ったスターリンクが、戦争に使われるなんて』と、彼は私に言いました」。
 
 マスク氏の野望は、ツイッターの買収という奇手へと発展した。だが、やや常軌を逸した投稿を衝動的に繰り返す本人の悪癖も災いし、ツイッターから改名したXは、マスク氏の下で混迷が続く。アイザックソン氏に言わせれば、マスク氏は「工学的・物理学的には理解できても、感情的・社会的交流を理解する素質に欠けていた」人物であり、できることなら「彼の親指に『衝動抑制ボタン』をつけて、悪質な投稿をさせないようにしたいほどです」ということになる。

 しかし、同時にアイザックソン氏は、そんな天才のことを、社会は懐広く理解すべきだと訴える。
 「仮に『抑制ボタン』でツイッターに衝動的な投稿をできないようにしたら、ロケットを衛星軌道に乗せられるような人間は出てくるだろうか。縛られない自由なマスクこそが、我々を火星や電気自動車の時代に導くための、代償なのかもしれません」。

 マスク氏の生きざまは、組織の文化に縛られ、リスクを取ることを過度に恐れる現代社会に、重大なアンチテーゼを投げかけているように感じる。同時に、人間には、まだまだ計り知れない可能性があるのだという、希望を見出すことができる。

 インタビューの予定時間はあと5分残されていたが、アイザックソン氏と聞き手である僕の間に、「良い話ができたね」とも言うべき視線が交錯した。互いに礼を言い、インタビューは終了となった。
 もっとたくさん紹介したい内容もある。番組スタッフも意気に感じ、放送本番に編集したものとは別に、インタビューのノーカット版に翻訳をつけ、インターネット上にアップしてくれた。
 こちらもぜひ、ご覧ください。

イーロン・マスクは“天才”か“悪魔”か?Twitter買収,ウクライナ軍“通信遮断”の裏側 初の公式伝記本著者に聞く【ウォルター・アイザックソン×大越健介】【報ステ ノーカット】
https://www.youtube.com/watch?v=DKmR6Wokyr0

(2023年9月25日)

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