あおった人と、あおられた人と
2023年06月19日

 国会が事実上の幕を閉じた16日金曜日。この日の報ステも番組終了まであと10秒足らずとなった。週を締めくくるにふさわしい、気の利いた一言を、と考えていた僕だったが、「まあ、風というものは、吹くものですね」などと、気の抜けたような言葉を発したところで番組終了時間となった。

 この週の大きなトピックは、衆議院の解散をめぐる岸田総理の判断だった。「今国会での解散は考えていない」という、前日15日の総理発言によって、とりあえず解散は白紙となって収束したのだが、僕は「あの解散風は何だったのか?」と、完全に肩透かしを食らった気分だった。冴えないコメントとなったのは、そういう気分が手伝ってのことでした。視聴者の皆さん、すみません。

 でも、待てよ。「風というものは、吹くものですね」というコメントは、よく考えてみれば、しみじみと深い意味があるように思えてきた。
 気象学的になぜ風が吹くかは、気象予報士の眞家さんに聞かなければわからないが、衆議院の解散風は、だいたい「あうんの呼吸」で吹き始める。4年の衆議院議員の任期の折り返し点が見えてくるころ、与野党問わず、そろそろ議員どうしのひそひそ話が始まる。

 議員A「総理は解散したりするかなあ」
 議員B「いくら何でもまだ早いでしょ」
 A「やりかねないよ。総理にとってはホニャララで、悪いタイミングじゃない」
 B「そうか。ホニャララならば、そろそろ選挙の準備、本格的に始めようかな」。
 このホニャララの部分はケースバイケースだが、この時点での解散風は、せいぜいそよ風くらいのものである。

 ところが5月の広島サミットで、岸田総理がホスト国の大役をそつなくこなしたことで、ホニャララの部分に、「サミットを成功させた勢いがある」という具体的な理由が入った。

 議員A「岸田さん、サミット成功させたし、解散しそうだな」
 議員B「うーん。自公の関係修復もできていないし、それでもするかな」
 A「いや、岸田さんという人は妙なところで腹が据わっている。解散は今しかない!」
 B「そうだな、やばいな。今から地元に帰ろう!」。
 2人がそこまで焦ったかどうかは定かでないが、この段階で、そよ風は風速5メートルくらいの、結構な風になった。

 しかし、この流れは、ある意味で妥当な流れだったかもしれない。議員どうしが選挙を話題にするのは宿命でもあり、わずかな羽音でもびくりとするものだ。そこに、岸田総理が地元のサミットでがんばりを見せた。だからこの時点で解散風が吹くのは、永田町ではいわば自然現象だった。

 問題はここからだ。5メートルくらいだった風速を、一気に15メートルくらいにあおった人がいる、ほかならぬ岸田総理である。
 13日火曜日の記者会見。「今国会での解散を考えていますか」と記者が単刀直入に質問したのに対し、岸田総理は、「(国会)会期末間近になって、いろいろな動きがあると見込まれる。慎重に見極めたい」と述べた。
 この発言だけで、風速を3倍くらいにするには十分なインパクトだった。なぜなら、これまで総理は、解散について問われると、「考えていない」の一点張りだったのだ。それが「見極める」に変化した。「慎重に」という表現はついているが、「野党側から内閣不信任決議案が提出されれば、オレだって黙っていないぜ」と言ったのも同然だからだ。しかも意味深な笑みすら浮かべながら。意外とワルですね、岸田さん。

 登場いただいた議員AとBは、「解散間違いなしだ!」と、後援会幹部に一斉に電話を入れた(と思う)。わが報道ステーションも、というより僕自身がすっかり選挙モードに入った。この日の発言を聞くやいなや、「岸田さん、言ったぞ!」と、政治担当の番組デスクと一緒に盛り上がり、選挙の争点の整理とか始めなきゃ、などと勝手に先回りしていた。

 なのに、たった2日で全否定ですか、岸田さん?そういうのを朝令暮改と言うんじゃないですか?(まる2日は経っているけれど)。

 冷静に振り返ろう。今回の場合、解散風をあおったのが岸田総理本人であることは間違いない。ただし、総理からすれば、「慎重に見極める」と言ったに過ぎず、「解散するなんて、そもそも一度も言ったことはありません」という理屈は成り立つ。
 では、あおられたのは誰か。それは議員AとBであり、僕のような人間かもしれない。しかし、これまでの記者としての経験則に照らせば、総理の思わせぶりな発言は、議員やメディアをあおるには十分なものだった。

 結果的に、岸田総理は、本当にあおった側なのだろうか。
 こんなふうには考えられないか。岸田さんからすれば、今の国会で解散するかどうか、ふたつにひとつだ。今まで気配のそぶりも見せずに来たが、ちょっとばかり言葉遊びをすることで観測気球を上げてみた。ところが、それによって解散風は予想以上に強く吹き荒れてしまい、観測気球どころか、自分自身も解散風にあおられて持っていかれそうになった。まだ心の準備は十分ではなかったのに。そこで慌てて沈静化を図った可能性はないか。

 本心は岸田総理にしかわからない。僕も、いつまでも肩透かしを食らったとぼやいているわけにはいかない。
 衆議院の解散は、総理大臣にとっては伝家の宝刀だ。今国会は抜くそぶりだけだったが、次は秋に臨時国会を開き、本当に宝刀を抜く可能性が取りざたされている。
 また、近いうちに解散風が強まることになる。その風速を今から予測するのは難しいが、僕としては、15メートルくらいの風速では驚かないくらいの、どっしりしたキャスターにならねばならない、と考えている。

※筆者注
 議員A、議員Bはほぼ架空の存在であり、風速は筆者の個人的な体感です。

(2023年6月19日)

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