日常と非日常と
2022年03月12日

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「同情ではなく、共感をしてほしい」
 福島県双葉町の秘書広報課長、橋本靖治さんは言った。その横では、広大な敷地に大量の土砂が搬入され、ならす作業が行われていた。
 双葉町の中間貯蔵施設。東京電力福島第一原発の事故によって汚染された大量の土砂などを分別し、土壌と焼却灰に分けて貯蔵する施設だ。東日本大震災の復興の道のりを取材してきた中で、工事の槌音はときに頼もしいと感じるときがあるが、この施設で重機がうなりを上げる音を聞くのは物悲しさを伴う。

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 中間貯蔵施設をめぐって、町の意見は対立したが、引き受けざるを得なかった。帰ることができなくなった自分の家屋敷が、施設敷地に組み込まれてしまった人は数多い。
 橋本課長は言う。
 「苦渋の決断がありました。受け入れることによって故郷を離れなければならない。先祖伝来の土地や自分で買った土地や屋敷を手放さなければならない。その個人個人の思いに共感していただければありがたいです」。

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 いまもなお、唯一「全町避難」が続く双葉町。JR常磐線双葉駅の周辺など一部の地域は「復興再生拠点」として除染が進められ、町はことし6月にこの地域の避難指示を解除する方針だ。だが、町の調査では、避難した住民の中で帰還を望む人は圧倒的に少数派だ。原発事故から11年が経ち、避難先で生活基盤を整えざるを得なかった人たちは、帰りたい気持ちはあっても現実がそれを許さない。実際、帰ったとしても生活のインフラは十分とは言えず、ぶらりと買い物に行けるような環境にはない。

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 原発がひとたび重大事故を起こすと、その傷はあまりに広く、深い。回復には途方もない年数を擁する。そのことを、事故後の福島を取材するたびに痛感する。その悲劇を決して過去のものとして置き去りにしてはならない。想像力を働かせ、橋本課長が指摘する「共感」ができる人間でありたいと思う。

 ウクライナでは信じられないことが続いている。ロシア軍の最高指揮官は、どこまで残虐になれば気が済むのか。あまりにも多くの命が失われ、町が破壊されている。そして、あろうことか、プーチン大統領は核兵器の使用も辞さないと脅しをかけているように見える。核を軽んじ、軍はウクライナの核関連施設を標的にし始めている。実際に原発に砲弾が撃ち込まれた。激しい憤りを感じる。

 日本は広島と長崎で原爆投下という悲惨な出来事を経験した。そして福島第一原発の事故を経験した。核をめぐる問題にどの国よりも敏感になることができるのがわれわれ日本人のはずだ。
 戦争放棄の憲法を持つ日本は、非軍事の分野でウクライナに対して可能な限りの支援を行う必要がある。そのひとつが、核をもてあそぶなと、強いメッセージを発することだ。国際世論でプーチンを封じ込めることが簡単でないことは、これまでの残忍な戦争が証明しているが、それでもあきらめてはならないと思う。核が新たな悲劇を呼び起こさないように、国際世論のけん引力となることはできるはずだ。

 そのためにも「忘れない」ことだ。プーチン大統領は、真綿で首をしめるようにして、じわじわとウクライナを攻め続けている。短期決戦に失敗したかと思いきや、今度は長期戦に持ち込むことで、非日常を日常のものにしてしまおうとしているのではないか。ウクライナで起きている理不尽で許しがたい出来事を既成事実化して傀儡政権を作り、いつしか国際社会が受け入れてしまうことを狙っているのではないか。
 それをさせてはならないと思う。だからわれわれ報道人は伝え続けなければならないのだ。

 さまざまな情報が飛び交っている。フェイクニュースも珍しくなく、現地で起きていることの真贋を確認する作業は、今まで以上に労力を使う。
 だから、まぎれもない事実をこの目に焼き付けるために、僕は日本を離れる。戦地となっているウクライナには入れないが、隣国のポーランドには入国できる。ウクライナからの多くの避難民が逃れてきている。真実をこの目で確かめ、声を聴き、現地から伝えたいと思う。兵士となる夫や父を故郷に残し、戦火を逃れてきた避難民も多いと聞く。
 双葉町の橋本課長の言う「共感」の心を大切に、想像力を働かせて、苦しむ人たちに接してこようと思う。

 見て見ないふりはできないのだ。福島で起きた原発事故の傷も、ウクライナでの現在進行形の悲劇も。
 ぽかぽかと春本番を迎えつつある日本をまもなく発ち、月曜日は酷寒のポーランドから報道ステーションをお伝えするつもりである。自分自身が普段、穏やかな日常を過ごすことができることへの感謝を胸にしつつ。

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(2022年3月12日)

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