おじさんの純情
2026年01月30日

 消費税の減税へと草木もなびく勢いである。
 今は選挙戦の真っただ中だし、その是非についてこの場で私見を述べることは差し控えたい。だが、平成という時代を中心に、それなりにまじめに仕事をしてきた人間として、これくらいは控えめに言わせてもらう。おじさんは純情を傷つけられた思いだ、と。

 平成元年(1989年)、世の中はバブル景気で浮かれまくっていた。「24時間働けますか?」と自分に問いかけながら、二日酔いの頭に栄養ドリンクでパンチを食らわせて、がむしゃらに突っ走っていたのもあの頃である。
 だがそんな時代でも、消費税の導入に対しては誰もが厳しかった。「将来は高齢者人口が増えますよ、社会保障の安定財源を作っておかないと大変なことになりますよ」という政府・自民党の説明は、リクルート事件で政治の信頼が大揺れに揺れたことと相まって、なかなか世の中に受け入れられなかった。

 この時、税率3%の消費税を、苦難の国会審議の末、日本で初めて導入した竹下登内閣は、天命を果たしたかのように力尽きた。平成元年だ。その後を継いだ宇野宗佑内閣も、逆風に耐えられず、直後の夏の参議院選挙で惨敗した。この参議院選挙を初任地の岡山で見届け、僕は東京の政治部に異動した。
 首相官邸の取材現場に出て、初めて聞いた総理大臣の肉声が、「明鏡止水」という言葉だった。澄み切った心境を表す古風な四文字を理解できないわれわれ若き総理番記者たちは、「めいきょうしすい、ってなんだ?」と口々に言いながら、「宇野さんがこんなこと言いました!」とそれぞれの社のキャップに電話連絡に走ったものだ。短命のまま退陣を決意した宇野首相の、文人宰相らしい最後の言葉ではあった。

 乱暴な言い方になるが、消費税の導入期に竹下、宇野というふたつの自民党内閣が政治的なエネルギーを使い果たし、倒れたことになる。リクルート事件による政治不信の高まりという背景はあったにせよ、そのとき以来、消費税に手を付けることは内閣が吹っ飛ぶくらいの覚悟がいるものだと、強く世間に印象づけた。
 加えて、あの時も誰もが、少子高齢化に歯止めをかけるのは簡単ではなく、社会保障費の増大は避けられないと直観的に分かっていた(そして確かにそれは今も続いている)。だから、この先消費税は、税率を引き上げることはあっても引き下げることはないだろうと、多くの人が予感していたはずだ。

 ところが、今度の衆議院選挙では、そんな常識をひっくり返す出来事が起きた。総理大臣でもある自民党総裁が、消費税を下げると言っている。具体的には飲食料品にかかる消費税(現在8%)をゼロにするという。2年の時限措置であり、赤字国債を発行しなくても、とりあえず財源は何とかなるという説明である。
 そして、立憲民主党と公明党が合流して結成された中道改革連合も、食料品の税率を恒久的にゼロにするという。詳細には違いがあるが、比較第1党と第2党が消費税減税で足並みをそろえるという事態になったのだ。

 僕は最初、物価高がこれだけ激しいのだから、消費税減税に右へならえというのも理解できるよな、と受け止めた。しかし、時間が経つうちになんだか悲しくなってきた。オレが信じてきたのは何だったのかと。
 家計にとっては朗報だと思う。僕の家は3人の息子がいて、育ち盛りの時は1リットルの牛乳が冷蔵庫から毎日5本ずつ消えていたし、吉野家の牛丼の特盛をそろっておかわりするような驚異の食欲だった。スーパーでの買い物は、心身のみならず財布もすり減る重労働であり、この点で僕は今も妻に頭が上がらない。 

 だけどそんな中でも僕は、消費税についての政府与党の言い分を信じた。社会のセイフティネットのためには消費税は欠かせないのだと。だから、その後、消費税が5%、8%、10%(食糧品は8%の軽減税率)と引き上げられる際も、その必要性は理解した。
 それは自分自身の問題でもあったからだ。高度成長期に生まれ、学校は児童生徒であふれる時代に育った。恵まれていた。だがこれからは違う。僕らの世代が医療・年金・介護・子育てという社会保障の基盤をしっかり作らないと、子や孫の世代に顔向けができない。消費税の負担は痛みではあるが、備えとして必要だ。諸外国を見ても、むしろ日本は例外的に税率が低いとも言われる。
 中には、「お前は財務省にうまく言いくるめられているだけだ」と正面から意見してくれる人もいた。僕自身、政権が下す決断に無批判な人間ではないと自負している。しかし、消費税の必要性が財務省のねつ造だとはどうしても思えなかった。

 僕はそうやって社会人をやって来た。よき納税者でありたいと願い、昭和から平成、令和の時代を生きてきた。だから理屈ではないのだ。少子高齢化に歯止めがかからない中、社会保障財源は大事にすべきであり、安易に手を付けることがあってはならないと思っているのだ。「いやいや、何とかなるから大丈夫ですよ」と、各党から猫なで声をかけられても、どうにも気持ちが悪いのだ。信じてきた梯子を外された思いがして、残念なのだ。

 番組では衆院選公示前の26日、7党の党首を招いて討論を行った。これに先立つ打ち合わせで、僕は「オレの純情は裏切られた思いだ。少なくとも現職総理の自民党・高市さん、総理経験者でもある中道改革連合・野田さんには、『言ってきたことと違うじゃないか』と詰め寄るぞ!」と息巻いた。心配そうに見ていたチーフ・プロデューサーが「視聴者の皆さんの中には、消費税減税を歓迎する人も多いわけですから、ね」となだめるようにブレーキをかけてくれた。だから番組では比較的冷静に質問できた(つもりだ)が、視聴者にとっても、進行にあたる僕にとっても、あまり納得できる答えは得られなかったと感じている。もうこれ以上は言わない。後は有権者の判断である。

 ただ、この問題は選挙後も続く。選挙の結果、高市総理が政権を維持しようが、他党から首相が誕生しようが、巨額の財源が魔法のように現れることなどないからだ。
 特に高市総理は、僕の「具体的にいつから食料品の税率をゼロにするのか」という質問に対して答えを濁した。財源についても、国民会議で議論すると、どこか先送りの気配すら漂う。
 本当にやり切れるのか。消費税減税をすると約束しながら実施できないとなれば、僕のようなちっぽけなおじさんの純情はともかく、有権者からもっと大きな失望を招くことになる。
 しかも、実施したとしても、自民党は2年の期間限定だとしている。では2年後に再引き上げなど本当にできるのか。それこそ政治的エネルギーを削いででも、食料品の消費税率「再引き上げ」などやる覚悟ができているのか。
 だから、選挙後もこの問題は焦点であり続ける。ちっぽけな純情をかけて、消費税の問題について取材と勉強を重ね、世に問い続けていきたい。

(2026年1月30日)

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