

年末恒例の「今年の漢字」について僕なりに考えた結果、「強」という文字に行き着いた。高市首相の所信表明演説には「強い経済」をはじめとした「強」の文字があふれていたし、日本の周りを見渡せば、中国やロシアといった「強権国家」が幅を利かせる。
でもお堅い話はここまで。別の所に書くコラムに取っておこう。実は、京都・清水寺での発表に先立ち、自分の頭に真っ先に浮かんだのは「徹」の一文字だった。働いて働いて(何回言えばいいんだっけ)徹夜もいとわない、というような意味ではない。黒柳徹子さんの「徹」の字である。
先日、「徹子の部屋50年目SP」という特番に、ゲストとして呼んでもらった。長寿番組「徹子の部屋」については説明する必要はないと思うが、この特番では、ご本人とともに「徹子の部屋」の名場面を振り返りながら、マツコ・デラックスさんが進行を絶妙にサポートし、ゲストに呼ばれた有働由美子アナウンサーと僕が「いじられる」構図となった。
ちなみに徹子さんをどう呼ぶべきか。収録中、後輩らしく「やはり黒柳さんとお呼びすべきでしょうか?」と殊勝に質問したら、「徹子でいいわよ。『徹子の部屋』って言うくらいだから」と、ご本人から当たり前のように返答があった。そりゃそうだ。
収録は2時間以上に及んだ。有働さんは操られるように物まねを連発させられ、僕は子どもの頃ファンだったあべ静江さんの曲を歌わされた。スタジオのトークは想定を大きくはみ出す展開となり、顔から火が出るわ、全身が汗でびっしょりになるわで大変だったが、4人の会話はとても楽しく、あっという間に収録は終わった。
それにしても際立っていたのが、徹子さんのインタビューの突破力である。すでにレジェンドでありながらそのパワーは増す一方だ。若いころ(失礼)の放送回の映像が何度も流されたが、徹子さんはとても魅力的である。セクシーで小悪魔的でもある。ズバズバと聞いても相手はその魅力に観念したかのように鎧を脱ぐ。
回数を重ねて風格が増すと、インタビューを受ける側はもはや降参状態である。お白洲に引き出された下手人よろしく、観念したかのように自分の行状を告白し、素顔をさらす。だが、それでも聞かれた本人は笑っている。徹子さんの言葉の端々から、実は終始相手をリスペクトし、上手に「相手を立てる」ことを忘れていないことが分かる。
元メジャーリーガーの野茂英雄さんのインタビューの場面は特にすごかった。
野球のことには全く素人の徹子さんが、野茂投手の伝家の宝刀「フォーク・ボール」について迫る。指でボールを挟むフォークの握りを打者に見破られないよう、直前に握り替えたり苦労するという話を野茂さんがすると、「そういうことは手品をされる人に聞いてみたら?」と徹子さんは大まじめである。ふだんは口数が少ないタイプの野茂さんの表情が一気に緩んでいくのが分かる。とうとう、手品師の話に引っ掛けて、「気が付いたらキャッチャーのミットにボールが入っていたというのが一番いいですけどね」と、希少価値満点の野茂さんのジョークまで飛び出した。
実は僕もNHK時代に野茂さんにロング・インタビューをさせてもらったことがある。時間は3時間をかけた。プロ野球の近鉄からドジャースに移籍した舞台裏を検証するという狙いだったのだが、始まりから2時間は、少年時代の野球の思い出から彼の歩みを振り返ってもらった。そうやって野茂さんのいわば「肩をほぐす」ことで、残りの1時間を使い、メインテーマのメジャー移籍についての貴重な証言を引き出すことができた。
ところが徹子さんはどうだ。会った瞬間から野茂さんの表情はほぐれ、言葉まで滑らかになっている。僕が3時間かけてやっと本人の肩を温めることができたのに対し、徹子さんに対しては、野茂さんはほぼ瞬時に全力投球ができている。完全に脱帽である。
こうなるとインタビュアーとして同業である有働さんや僕は、どうして相手の本音を引き出せるのかと質問したくなる。「緊張したりひるんだりして、聞き手であるこちらが身構えてしまうことがあるんです」と、悩み相談のようにして徹子さんに聞くと、彼女は「私はとにかく聞きたいことを聞いてますけど」とあっさり答えた。
ここでマツコさんの鋭い指摘が入る。「あんたたちって、どうしてもジャーナリストとして、これを聞き出したい、聞き出さなきゃという欲があるでしょ。でも徹子さんは自然なのよ。徹子さんという人間が知りたいことを素直に聞いているだけ。そこがすごいところなんだけどね」。
なるほど、目からうろこである。そしてマツコさんの言うとおり、非常に難しいことだ。
例えば、トランプ大統領の単独インタビューが実現したとする。僕なら日米同盟がどうの、トランプ関税の正当性がどうのと難しい話を投げかけ、相手に適当にあしらわれる可能性もある。こっちの狙いを当然、相手も読んでくるからだ。
しかし、徹子さんならどうだろう。相手にとっては予測不能である。「奥様のメラニアさんってとてもお綺麗ですけど、どうやってナンパなすったの?」などと本気で質問しそうだ。「あなた、プーチンさんにだまされてるんじゃありません?」とか。
もし相手がプーチン大統領だったらどうだろう。「あなた、ずいぶん世界中から嫌われているそうですけど、もうウクライナをいじめるのはおやめになったらいかが」と諭せば、意外と相手は「わかりました」と降参するのではないか。
今年の漢字には「熊」が選ばれた。人的被害の多さを見ればそれも然りである。ちなみに徹子さんはそのパンダ愛の強さでも知られる。ジャイアント・パンダは中国語で「大熊猫」だ。「大熊猫」は来年の早い時期にすべて中国に返還され、まもなく日本には1頭もいなくなる。これは契約上のこととはいえ、昨今の殺伐とした日中関係のもとでは、パンダの再来はかなわないのではないかと、ファンの心配は尽きない。
徹子さんから習近平国家主席に言ってもらえないだろうか。「あなた、パンダに罪はないんだから気前よく貸し出しなさいよ」。相手は気迫に飲まれて「はい」とうなずくかも。
いや、そんな政治問題にまで徹子さんを引っ張り出すわけにはいかない。でも、徹子さんという存在は、そこまで期待させる何かがあることを、僕は改めて知ったのだった。
(2025年12月15日)

