「お笑いが好きだったらなんとかなる」──『THE SECOND』ベスト4のリニアを変えた先輩芸人の金言|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#46

芸歴16年以上の芸人が出場する『THE SECOND~漫才トーナメント~』。今年ベスト4まで勝ち上がったのがリニアだ。
もともとは2006年にトリオで結成し、その後、コンビになった。2016年には一度解散も経験している。出会ってから20年。酒井啓太としょうへいは、ようやくその実力を世間に知らしめた。
遠回りをしてきたリニアは、なぜ20年も走り続けることができたのか。彼らに聞くと、東京03・飯塚悟志をはじめとした先輩たちの支えがあったことがわかる。
「お笑いが好きだったらなんとかなる」
その言葉を信じて、賞レース決勝までたどり着いたリニアのこれまでを聞いた。
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ウケを手放す怖さ

左から:しょうへい、酒井啓太
──前編では、とにかくお客さんのウケを重視する『THE MANZAI』に適応したことで、エッジの効いた漫才を求める『M-1(グランプリ)』に苦戦したと言っていました。
酒井 2015年に復活したM-1では、それまでお客さんにウケることだけを考えてて「自分たちの漫才」を作ってこなかった僕らはめちゃめちゃ苦戦して。本当にダサいんですけど、予選で落ちるたびに「審査員は何もわかってねえんだよ!」って後輩に言ってましたね。
「これじゃダメだよな」ってわかってはいるんですけど、普段のライブではウケてるから、「俺らのやり方は間違っていない」って自分を慰めてたんですよね。本当に若手のころはずっとスベってて、そこからちょっとウケるようになったもんだから、一度覚えたウケを手放すのが怖かった。
今思うと最低ですけど、最終的に全部しょうへいのせいにして、結局2016年に一度解散したんです。

──しょうへいさんは解散を告げられて、何を思いましたか。
しょうへい コンビのことは啓太が全部決めてたから、しょうがないかって感じでしたね。もうずっと仲も悪かったんです。ネタ合わせで集まっても、あいさつもしないでいきなり「どうもー」から始まって、終わったら「お疲れ」って帰るみたいな。普通の会話が一切なかった。
酒井 一応、一回は「解散したくない」って言ってたけどね。

しょうへい ライブ終わりに中野サンプラザの前の広場に呼び出されて、そこで言われたんだ。そのときは一回「イヤだ」って言ったんですけど、また新宿でのライブ終わりに言われて、しょうがないかって。
酒井 今でこそしょうへいの変人なところがおもしろいって思えるんですけど、当時は、この変なところにずっとイライラしてたんですよね。
しょうへい あ、変なとこ出てた……?
酒井 ずっと出てたよ。隠せてるつもりだったのかよ(笑)。
人の感情がわからない化け物

──酒井さんから見て、しょうへいさんの「変さ」ってどういうところに出てるんですか。
酒井 しょうへいは、人の心がまったくわからないんです。ネタ合わせでも、一つひとつのセリフについて、どういう感情で言うのか説明しないとダメで。「ここのセリフはもうちょっと強めに」とか「悲しそうに言って」とか、言葉のニュアンスを一個一個、手入力してる感じ。
意図せずデリカシーのないことを言ったりするし。だから僕はしょうへいのことを「大型動物」だと思ってます。人間的なことを求めてしまったらダメなんですよ。

しょうへい 人の感情がわからなすぎるから、先輩芸人に「映画を見て勉強したら?」って言われて、映画メモをつけるようになりました。
酒井 そのメモもひどいんですよ! 一回見せてもらったら、「『トイストーリー』を最初に観たのはいつごろだっけ? 小5のときか」だけで終わり。感想とか何もない(苦笑)。
でも、ここが厄介なんですけど、しょうへいって感情的ではあるんですよ。人の感情には鈍感だけど、自分の感情には敏感というか。
──たしかに『THE SECOND』でも涙されていました。
酒井 そうそう。感情の起伏は激しくて、すぐヘコんだりもするんです。コイツの感情自体はすっごくわかりやすい。
しょうへい みんな、今どんな感情なのか言ってほしいです。「今うれしいんだよ」とか「悲しいよ」とか言ってほしい。

酒井 超不器用なんですよね。そのくせ、自分を「できるヤツ」に見せたがるところがあるんですよ。それで目先のウケやすいベタなことをやるんですけど,本質的に変なヤツなんだから下心は出さないで自然体でいてくれたほうがよっぽどおもしろい。
──たしかにTHE SECONDで見ていても、ほかの芸人とは違う異質な感じがありました
酒井 しょうへいは本来ステージとかテレビに出ちゃいけない人なんですよ(笑)。でもだからこそ輝くっていうか。早く異物として見つかってほしいですね。
しょうへい 異物として、化け物として見られたいですね。
酒井 そうやって自分で言うと、ちょっと違うんだよ(苦笑)。
即再結成も、ファンがゼロに

──話を戻すと、酒井さんは解散後どうするつもりだったんですか?
酒井 ちょうど同じ時期に解散した元巨匠の岡野(陽一)と、元ザンゼンジの武田(裕司)と3人でやろうかって話が出たんですよ。
でも、岡野が天才すぎてやめました。ふたりでネタを書いてみたんですけど、これだったら岡野だけ書いたほうがいいやって思ったんです。でも、僕は自分でネタを書かない芸人人生に納得できないだろうなって気づいたんですよね。それですぐ、しょうへいをまた誘いました(笑)。

──しょうへいさんも振り回されてますね。
しょうへい でもピンでもうまくいきそうになかったし、ずっと啓太の言うとおりにしてきたんで。
酒井 再結成しても、また空回りするんですよ。新しい自分たちを見せようとしすぎて、しょうへいがピンで一瞬やっていた「サイモン」というキャラをやっちゃって。
──なんですか、それは。
しょうへい 東南アジアのジャングルでゴリラに育てられた人間が、日本に出稼ぎに来ているみたいな設定のキャラクターをやってたんです。

酒井 僕も「そのキャラで新しいお笑いができる!」ってワクワクしてたんですよ。ふたりで衣装も買いに行って。ありがたいことに再結成ライブも、チケットは即完売だったんですよ。S×L時代に応援してくれてた人たちが、僕らが戻ってきたと思ってくれて。
なのにステージに現れたのはサイモン(笑)。客席にいる女性のお客さんを指さして「女、抱かせろ」って言った瞬間、全員が悲しそうな顔になりました……。数少ないファンも完全にゼロになった。結局、サイモンは2日でやめましたね。
──でも再結成してコンビ仲は回復したんじゃないですか?
酒井 いや、最初は気を遣い合ってましたけど、すぐに関係がよくなったとかではないですね。結局、人間はすぐには変わらないんですよ(笑)。
「お笑いが好きだったらなんとかなる」

──2016年の再結成から、2023年のM-1のラストイヤーまで思うような結果は出てなかったと思うのですが、なぜそれでも芸人を続けられたのでしょうか?
酒井 ここでも東京03の飯塚さんに助けられましたね。サイモンで再結成したとき、すぐ飯塚さんが飲みに誘ってくださったんですよ。
そこで「酒井って、自分にお笑いの才能あると思う?」って聞かれて。これ、「どっちが正解だ?」と思うじゃないですか。「才能ないです」って言ったら、「自信ないならもう辞めたほうがいいよ」って思われるかもしれない。だから一か八か「才能、ありますよ」って答えたんですけど、飯塚さんに「いや、俺だって才能ないよ」と言われて(苦笑)。

──二択を外した(笑)。
酒井 めちゃめちゃ恥ずかしかったですけど、でも飯塚さんは「才能がない上で、リニアがどう売れるかを一緒に話したかったんだよ」と言ってくれて。
──いい先輩ですね。
酒井 本当にありがたかったです。その日は朝まで相談に付き合ってくれて。帰り道で歩いてるとき、飯塚さんが「酒井ってお笑い好きなの?」と聞いてくれたんですよ。
「好きです」って答えたら、「じゃあ大丈夫だよ。この世界はお笑いが好きだったらなんとかなるようにできてるから」って言われて。
──その言葉はお守りになりますね。
酒井 でもそのときは、ちょっと卑屈になっていたのもあって、「それは飯塚さんが売れたから言えるんじゃないの?」と思っちゃったんですよ(苦笑)。
でもずっと飯塚さんのあの言葉は残っていて、ふとした瞬間に気づいたんです。「お笑いが好きならなんとかなる」って裏を返せば、「なんとかならないってことは、お笑いが好きじゃない」ってことだって。

──お笑いが好きだってことを証明するためにも、結果を出さなくちゃならない。
酒井 それに気づいてから、めちゃくちゃスイッチが入りました。「お笑いが好きだ」っていう気持ちがウソになるのだけは、絶対にダメだと思って。そこからネタの作り方も変えましたね。目先のウケじゃなくて、「リニアとしてどういう漫才をやったらおもしろいか」を考えるようになりました。
──具体的には何を変えたんですか。
酒井 まず「ネタを作っているのは俺だ」というプライドは捨てて、元エレファントジョンの(ガッテン)森枝さんにネタを手伝ってもらうようになりました。
あと、1分ネタなどのテレビのオーディションもすべて断るようにしました。とにかく漫才だけやる。うまい人に追いつくには、全部のリソースを漫才に割くしかないと思ったんです。
しょうへい そういうことだったんだ。僕は1分ネタもがんばったほうがいいのになって思ってたんですよ。チャンスは多いほうがいいから。啓太がそんなこと考えてたって今初めて知りました。
酒井 絶対言ったけどなぁ(笑)。

──リニアの漫才を追求するようになって、結果はすぐに出ましたか?
酒井 そこからまた2〜3年はスベり続けましたよ。ウケてたころの感触を取り戻したくて、前みたいに戻したくなることもあったし。そのたびに森枝さんが「安易に手前の笑いを取りにいってる」って注意してくれて、思い留まれたんです。
それで我慢してリニアの漫才を考えてたら、だんだん芸人仲間の言葉が「ウケてるね」から「おもしろいね」に変わってきた。あれはうれしかったですね。芸人がおもしろいって思うんなら間違いないなって。めっちゃ時間かかりましたけど、あのとき向き合ってよかった。
しょうへい 僕は台本をもらってやるだけなので、その変化は正直わかってなかったです(苦笑)。
『THE SECOND』は勝てるはずだった

──こらえてこらえてようやくリニアは今年、THE SECONDのグランプリファイナルに初進出しました。初めての賞レース決勝の舞台は、いかがでしたか?
酒井 ただただ楽しかったですね。僕、普段は吐き気がするぐらい緊張することもあって、実際ノックアウトステージは、緊張で噛んだりして自分にガッカリしたんですよ。でも、決勝は緊張せずに出られました。
当日の朝、飯塚さんがLINEをくれたんです。「決勝で優勝するのは運しかないから、思い出作りだと思って楽しんできな」って。その日、東京03の単独ライブだったんですよ。自分の忙しいときに、僕らのことを気にかけてくれて本当にありがたかったです。

しょうへい 僕も決勝前に(モグライダーの)ともしげさんと、や団の中嶋(享)さんと飲みに行って、「決勝が一番楽しいから、楽しみなよ」って言ってもらいました。
酒井 しょうへいもすごい緊張しやすいんですよ。昔、賞レースの出番直前に「ごめんなさい、ごめんなさい……」ってテンパってることがあって。「セリフが何も思い出せない」って。結局なんとかなったんですけど、あのときは焦りましたね。
しょうへい でも、THE SECONDは楽しかったです。
酒井 小劇場でマックス20人ぐらいのお客さんの前で、ウケた、スベったっていう日々だから、テレビで6分ネタを2本もできて夢みたいでした。

──惜しくも準決勝で敗れました。
酒井 そこなんですよね。やるだけのことをやったと思えたし、打ち上げも楽しかった。でも帰り道でひとりになったとき、ふと、「あれ。準決で勝ってたら、優勝できたかもしんないな」って気づいたんです。
決勝の金属バットが、ホームランか三振かっていう極端なネタやったじゃないですか。たぶん、僕らの3本目はあれに勝てた。それまでの2本とは毛色も違うネタだったし、流れも完全にリニアだったんで。
──遅れて悔しさが来た。
酒井 まぁでも僕はTHE SECONDっていう大会がめっちゃ好きなんで、最初のグランプリファイナルでいきなり優勝して上がるよりは、来年も出るほうがいいです。卒業しなくてよかったなって。

──当面の目標はTHE SECOND優勝ですか。
酒井 そうですね。またあの舞台に立ちたいです。ネタを3本作るのはめちゃくちゃしんどいですけど、またみんなでTHE SECONDを盛り上げられたら最高だなと思います。
しょうへい 僕はテレビとかラジオに出ることが増えたんで、ちゃんとしゃべれるようになりたい。
酒井 いや、しょうへいは本当に無理してしゃべらなくていいよ。「コイツ、全然しゃべらねえな!」ってツッコまれてからが勝負だから。しょうへいを見つけてもらうためにも、漫才をがんばらなくちゃいけないなと僕は思いますね。
文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平

リニア
酒井啓太(さかい・けいた、1986年9月11日、神奈川県出身)としょうへい(1986年11月16日、神奈川県出身)のコンビ。2008年結成。プロダクション人力舎所属。スクールJCA14期生。2012年から3年連続で『THE MANZAI』認定漫才師となる。2013年には『漫才新人大賞』優勝。2016年1月に一度解散、同年8月に「リニア」として再結成。2026年、『THE SECOND~漫才トーナメント~2026』でグランプリファイナル進出を果たした。YouTubeチャンネル『リニアの漫才』では、漫才やトーク動画を公開中。
【後編アザーカット】





