「おもしろいと思ってる部分はずっと変わんない」ラストイヤーでM-1決勝に進出したカナメストーンの初舞台|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#44

結成15年以内。それが『M-1グランプリ』、唯一の出場資格だ。「ラストイヤー」と呼ばれるその年に、涙を飲むものもいれば、拳を上げるものもいる。2010年結成のカナメストーンは、後者だった。
2025年のM-1、彼らはラストイヤーで初めて決勝に進出した。しかも敗者復活戦で勝ち上がって。
芸人仲間から愛され、お笑いファンに待望されたカナメストーンの決勝進出。初めてのM-1決勝戦、そして芸人としての初舞台について聞いた。
若手お笑い芸人インタビュー連載<First Stage>
注目の若手お笑い芸人が毎月登場する、インタビュー連載。「初舞台の日」をテーマに、当時の高揚や反省点、そこから得た学びを回想。そして、これから目指す自分の理想像を語ります。
敗者復活の脳汁を超えることはない

左から:山口誠、零士
──ラストイヤーでようやくM-1決勝に進出しました。その後、いかがですか?
零士 なんていうんですかね。まわりの見る目が変わったともいえるし、自分らがのびのびできるようになったっていうのもあるし。まぁ両方かな。一回決勝行って、完全に人生の幸福度は上がりましたね。
山口 そうだねぇ。
零士 自分らのラジオのコーナーに決勝で7位だったことに関するコーナーがあるんですけど、その文言を読むときに「『M-1グランプリ2025』決勝7位だったカナメストーンが……」って読んだとき「え、7位!? 俺ら7位なの!?」って新鮮にうれしくなって。
山口 あれから2カ月以上経って、ちょっと忘れかけてたけど。
※取材は2026年2月末に行われた

零士 あのセットの中で漫才やったんだもんな。
山口 しかも敗者復活で上がって。なんなら「敗者復活までは優勝してた」って言われて。
零士 ああ、そうね。千鳥の大悟さんに「あの日夕方まではお前らが優勝」ってすごい言葉をいただいて。夕方まで優勝。本当に人生で一番興奮したんじゃないかな。
山口 そうだね。敗者復活の票の読み上げを陣内(智則)さんがやるんですけど、ミキとカナメで2票ずつになって、最後の1票。「ヤバいヤバい。行け行け行け行け」って。
零士 「頼む、頼む、頼む!」って(笑)。
──脳汁ヤバそうですね。
零士 あれはヤバいっす。俺らパチンコ好きですけど、パチンコが楽しくなくなるぐらいの脳汁が出ました。マジでパチンコどころの騒ぎじゃなかった。だって、言ったら15年ギャンブルやってるようなもんじゃん。15年ずっと外れ続けて、最後の1回転でわーって吐き出された。
山口 投資して、投資してようやく。
零士 バコーンって来て。あれ以上の脳汁は出ないかもしれない。どうなんだろうな。

──たしかにこれから『THE SECOND~漫才トーナメント~』も始まりますが、あれはまた違いますもんね。
零士 でも『セカンド』もM-1決勝行ってない状態で出てたらまた今と違う気持ちだったと思うんすよ。もっと楽しめてなかった。今はすごく楽しめそうですけど。
山口 そうだね。先輩たちと戦えるのが楽しみ。
零士 でも、人生で一回も大きな大会で決勝に行ってなかったら、今みたいには楽しめてないんだろうなってめっちゃ思いますね。でも、あのときは去年の準決勝のときとか、敗者復活のときですら「何がなんでも決勝行かないとヤバいぞ」なんて気持ちはまったくなかったんですよ。
──気負いはなかった。
零士 はい。敗者復活の前は「よっしゃ。俺ら地上波でウケるじゃん」って感じで行けたんで。なんかね、よかったよね。

山口 いや、よかったよ。楽しかった。
零士 なんか本当にラストイヤーだけ楽しい気持ちでできたんですよ。
──それまでM-1は楽しくなかった?
零士 M-1だけはダメでしたね。日々のライブはすごい楽しくできてるのに。ふたりとも負けず嫌いだからM-1になると「負けたくねえ」が先行しちゃって、僕らのいい部分みたいなのが隠れちゃうというか。でもラストイヤーは開き直れたんですよね。
「別にさ、芸人ダメだったら工場で働きながらふたりで暮らしていけばいいから」って、それまでもずっと言ってたんですけど、その気持ちに本当になれたのが去年だった。変なもんで、そしたらやっとうまく伝わりましたね。
「芸人って熱いんですよ」

──そもそも準決勝も初めてだったわけですよね。いかがでしたか。
零士 準々決勝と同じネタ(決勝でもやった「ダーツの旅」をモチーフにしたネタ)だったんですけど、準々のときのほうがウケてるなぁっていうのはありましたね。でも、まわりの評判はよくって「あれ? これ決勝行けるかもしれないぞ」とは思ってて。
山口 生配信を仲間が見てくれてて、オズワルドの畠中(悠)とか元ダイヤモンドの野澤(輸出)が「これは行ったぞ」って言ってくれたんで。ラストイヤーの黒帯が先に出て、次俺らでな。

零士 そうだ! 忘れてた。何してくれてんすか、テレ朝さん! ラストイヤー並べるなんてこんな酷なことないよ!
山口 ラストイヤーを並べるって絶対仕込みじゃないですか。
零士 香盤見たとき、「じゃあどっちか行かすんじゃん」って思ったよな。
山口 どっちも落ちた!
零士 あーはーはー!(笑) 黒帯もずっとおもしろかったけどな。
──『アナザーアナザーストーリー』で、最後のファイナリストのたくろうが読み上げられた瞬間、見つめ合ったふたりが印象的でした。
零士 あぁ。あそこ映ってないすけど、握手もしてたんすよ。
山口 「ありがとう」って握手してた。

零士 あのファイナリスト発表の場にずっといてぇと思ってた。そこにいられたから、結果ダメだったけど「来たよね、俺らここまで」みたいな感じだったんすよ。
山口 そのあと零士も泣かずに済んだし……。
零士 いや、泣いた。
山口 泣いてた!(笑)
零士 「今日」負けたことが悔しかったんですよ。
山口 はっはっは。決勝行かないと終われないって。
零士 いや、やめて(照)。本当にあの漫才で、今日負けたことが悔しくて。普段だったら、「いつも全国を一緒に回ってる真空ジェシカとママタルトが決勝行ったのに俺らは……」とか「後輩が行ってるのに悔しいな」とかあるんですけど、あの瞬間はそういう情けなさはなくて、あの日あの漫才で負けたことが悔しくて泣いちゃいましたね。
山口 はっはっは。

──でもそのママタルトの大鶴肥満さんから「敗復があるから」って励まされてましたね。
零士 そこで初めて敗者復活のことを思い出しましたね。あの日負けて家まで帰るとき、最寄り駅が一緒のカベポスターの浜田(順平)といたんですよ。そしたら浜田が「すいません、今日はひとりイヤです。どうですか、カナメさん」って言ってきて。もともと仲いいんで「飲もう飲もう!」ってことになったんです。
そしたら畠中と野澤、あと鶴亀の古賀(充泰)も来てくれて。そこで「絶対、カナメは敗者復活行ける」って言われて、そこで作戦会議を開いてくれたんですよ。敗者復活はこのネタで行こう、最後のくだりはこっちにしようみたいな。だから準決の夜にはもう全部固まってて、その夜から何も変えてない。だからやっぱ魂込もってたんですよね。
──いい話だ……。
零士 熱いんすよ、芸人って。特にここまで残ってきてる芸人って、いいヤツしかいない。だから繊細だし、傷つくことも多いけど。
山口 野澤なんて泣いてくれてたし。
零士 野澤は1回行ってるんでね、カナメにも行ってほしいって熱くなってくれてましたね。
M-1決勝、悔しさは一瞬

──初めての敗者復活戦はどうでしたか?
山口 マジでね、なんかあの会場が居心地よかったです。なんでだ、って思ってたんですけど、あそこ地下3階なんですよ(EX THEATER ROPPONGI)。だからだったんですよ、いつも地下の劇場でやってたから、居心地よかったんだって。
零士 山口がそれ言ってたんで、最後決勝に送り出されるときに「行ってきます」が出たんすよ。あれは「地上に行ってきます」でした。
山口 あの「行ってきます」はよかったね。
零士 あれしかなかった。敗者復活なんていつもライブで一緒のメンバーばっかりだしね。

──でもそうなると、テレビ朝日のスタジオはやりづらかった?
山口 なんだ! ここは!
零士 明るすぎる!(笑) もうちょい暗くして……。セットもうちょっと鈍い色にして。
山口 上戸……彩……?
零士 神々しい! 人も光ってる!
──(笑)。でもたしかにリハーサルもないまま、いきなりあのステージ、あの緊張感でネタをやるって大変ですよね。
零士 そうなんですよ! だからマジでネタ飛ぶかと思いました。出ていくところで泣きそうになってるのに、自己紹介して「頭下げなね!」とか言って、そこまでは、よしよしよしって言ってたんですけど、「はい、どうしたの?」って山口のほうを見たとき「審査員こんなにいんの!?」って(笑)。

山口 そこで初めて審査員が零士の視界に入った。
零士 そうそうそう。マジでそっぽ向いてくれって思いました(笑)。リハーサルしてればそれも全部わかったんでしょうけど、何もわかんないまま出ていってるから。だから今年のM-1は敗者復活の人をめっちゃ応援するんだろうな。
──敗者復活勢へのアドバイスはありますか。
零士 その勢いのまま楽しめばいいよって思います。
山口 それしかない。作戦練ったとしても通用しないんだよな。たぶん飛んじゃうと思う。
零士 つべこべ考えてないで、やってやるぞっていう気持ちを本番まで日々高めるだけでいいような気がします。そういう気持ちが全部出る舞台なんですよ。

──結果は7位でしたが、悔しさはありましたか。
零士 悔しいは一瞬あったんすけどね、でもほぼないんすよ。
山口 もう一瞬だけでしたね。「あ、7位? あれ?」っていうのは。
零士 順位よりも自分らの感覚がどうだったかのほうが大事で。そこはベストだったんですよ、敗者復活も決勝も。
山口 ベストが出たね。
零士 ただ……強いて言うなら、もう1年出られたら俺らどうなったんだろうはあります。決勝に出たことで、今までより絶対に知ってもらえたと思うんで、その状態でまた出たらどうなるんだろうって。

山口 まあね、それは考えちゃう。
零士 結果に悔しいとかではないですけど。
──難しいですね。最後だから思いきりできたともいえるし。
零士 そうなんですよねぇ。まぁ俺たちも「勝ち逃げだ」とは言ってて。
山口 気持ち的には本当優勝ぐらい。今までの俺らの人生からしたら。
零士 そうそう。できすぎだよ。
ウケないのは、つまんないからじゃない

──15年かけてM-1決勝までたどり着いたカナメストーンの初舞台は覚えていますか?
零士 めっちゃ覚えてます。僕らは中学の同級生で、一緒にNSCに入ったんですけど、そのときですね。ネタ見せで「お前らおもしろいね。外のライブ出ようか」ってなったのが最初。NSC主催で、笹塚の劇場でした。
山口 めちゃくちゃウケて。
零士 ううん! なんなら5年間ぐらい1回もウケてない(笑)。
山口 そっか。舞台に出てったときだけちょっとな。ふたりで並んで出てったら「ふふふ」みたいなのは聞こえて、「あ、これウケる」って思ったんだけど……。
零士 それはね、「変な気持ち悪いのが来た」みたいなリアクションだよ。しゃべり出したら「何言ってんの?」って感じでまったくウケない。

山口 その状態が4〜5年続いたんですよ。
零士 養成所内ではウケてたからライブには出られたんすよ。でもお客さんの前ではゼロ笑い。
──どんなネタだったんですか。
山口 一番最初はジョン・レノン。
零士 ジョン・レノンとリンゴ・スター。有名人を憑依させてみようっていうネタで山口がジョン・レノンなんだよね。
山口 そう。
零士 で、俺がリンゴ・スターで「なんでお前だけ主役なんだよ!」みたいな。「え、いいの? 俺は裏(拍)打ってればいいの?」みたいな。
山口 はっはっは。
零士 なんかかわいいことしてましたよね。ウケるわけない。

──でも養成所で芸人にはウケたんですよね?
零士 そうなんですよ。やっぱ芸人って変なこと好きなんですよ。
山口 意味わかんねぇことしてたらウケる。
零士 みんな芸歴を重ねて、意味わかんないけどおもしろいことと、お客さんにちゃんと伝わるようにすることを、うまくバランス取っていくんですけどね。最初のころは、ウケないのをお客さんのせいにしちゃうんです。だからあのころは怒ってばっかりいました。
山口 人のせいにして。
零士 すぐ人のせいにする(笑)。だからふたりで仲よくやっていけるんですけどね。どっちかのせいには絶対しない。

──お客さんにわかりやすいことをやってウケる同期もいるわけですよね。そっちに合わせようとは思いませんでしたか?
零士 それはなかったですね。ウケることへのうらやましさはありながら「絶対いつかまくれる」って気持ちだったから。
山口 俺たちのままで行けるって。「俺らつまんねえんだ」と思ったことは一回もないです。
零士 ウケないのは、つまんないからじゃなくて、伝わってないんだよねって。わけがわからないと思われてるだけ。だから、ちゃんとわけわかるようにしようってことはいつからか思うようになりました。
たぶん、おもしろいと思ってる部分はずっとふたりとも変わんない。ネタの作り方だけ「どうやったらわかってもらえんだろう」で丁寧になっていきました。いまだに畠中とかに「え……全然意味わかんないです」って言われますから(笑)。「こんなに丁寧に説明してるのに!?」って思いますよ。
文=安里和哲 撮影=青山裕企 編集=後藤亮平

カナメストーン
山口誠(やまぐち・まこと、1986年6月24日、茨城県出身)と零士(れいじ、1986年12月19日、茨城県出身)のコンビ。2010年結成。『M-1グランプリ2025』決勝進出。Podcast番組『カナメストーンのカナメちゃん村』は毎週土曜日更新。YouTubeチャンネル『しゃれこめカナメストーン』は、毎週金曜日21時+不定期更新、月に1回生配信も。
【前編アザーカット】





【インタビュー後編】
「子供のころのまま楽しく過ごしたっていい」M-1決勝に進出したカナメストーンが、ずっと友達でいられる理由|お笑い芸人インタビュー<First Stage>#44