そこにあるのは「撮りたい/撮られたい」という欲望だけ──480Pの大作写真集『少女礼讃〜portrait〜』刊行に添えて──青山裕企(写真家)×大槻香奈(美術作家)×岡藤真依(漫画家)鼎談

『少女礼讃』──写真家の青山裕企が、名前も素性もわからない“謎の少女”を撮り溜め、発表してきた膨大な作品群の総称だ。2018年から2025年現在に至るまで、私家版を含めて100冊以上の写真集、3,000を超えるWEB記事による投稿と、その圧倒的な質と量は他に類を見ない。このたび、5年ぶりとなる商業出版を記念して、同書籍の帯にも文を寄せている美術作家の大槻香奈、漫画家の岡藤真依と、青山裕企本人の3名で、この作品の魅力に迫る。
青山裕企(あおやま・ゆうき)
愛知県出身。写真家。2007年、キヤノン写真新世紀優秀賞受賞。『ソラリーマン』『スクールガール・コンプレックス』『少女礼讃』など、“日本社会における記号的な存在”をモチーフにしたポートレート作品を制作。
大槻香奈(おおつき・かな)
京都府出身。美術作家。嵯峨美術大学客員教授。主に少女モチーフの絵画作品を中心に、日本的感受性や空虚さを「うつわ」的に捉え、現代日本の情景や精神性を表現している。作品集に『その赤色は少女の瞳』『ゆめの傷口』など。
岡藤真依(おかふじ・まい)
兵庫県出身。漫画家、イラストレーター。2013年「シブカル杯。」グランプリ受賞。思春期の少年少女の未完成な性をモチーフとした作風で注目を集める。著作に『どうにかなりそう』『少女のスカートはよくゆれる』『彼女は裸で踊ってる』など。
「人を信じる」「お互いに信じ合う」ことを教えてくれる作品
──大槻さんと岡藤さんは、ずっと『少女礼讃』を見続けてきたと思うのですが、今回、集大成となる写真集をご覧になって、どのような思いを抱きましたか?
大槻 私は、すごく多くの人に勇気を与える作品だと思いました。現代の、特に若い人たちは、信仰とか、人を信じることを過度に恐れている感じがして。信じても裏切られるんじゃないかとか、そもそも信じ方がわからないとか、「頂き女子」みたいな例もあるし。相手のことを好きかもしれないと思っていても、ちょっと一歩引いて距離を取ったり、あまり踏み込んだ会話もしないイメージがあります。
『少女礼讃』は、撮る側、撮られる側がお互いにちゃんと自立していて、信じ合った結果としてでき上がっていると思っていて。単に写真作品というだけでなく、もっと広い意味でもすごく力強いメッセージを発していると捉えています。
岡藤 「勇気を与える」という部分、私もすごく同意です。青山さんの欲望がとてもまっすぐに表現されていると思うのですが、それをちゃんと受けて、応えてくれる被写体ですよね。いろんな表情で、いろんな格好で、清楚な感じだったり、時には小悪魔的だったり。カテゴライズできないぐらい、あらゆるキャラクターを演じているようにも見えます。
あと、身体の傷とかそういうところも隠さずに出しているのも印象的です。これを世に残るものとして出せるっていうのは、被写体の強さと覚悟と、あとは青山さんとの関係性みたいなものにも思いを馳せつつ、制作に対するまっすぐさをすごく感じましたね。

『少女礼讃〜portrait〜』帯には大槻と岡藤からの寄稿
青山 もちろん大前提として、本人との信頼関係のもとに、作品として発表しています。「まっすぐ」と言っていただきましたけど、まさに、まっすぐ撮る、まっすぐ出すっていうだけなんですよね。でも、それだけをやる難しさも自覚しています。
たとえばタレントの写真集の場合は、時間的な制約があるなかで撮っていかなければならないのですが、この作品ではもちろんそこはゼロです。時間も気にしないし、あらかじめ決めない。本当に長い時間をかけて、撮ってきたので。
大槻 撮影するときは、被写体のほうから、いろいろ動いてくれるんですか?
青山 それが、まったくないんですよ。「振り返ってください」くらいは言いますけど、細かい表情を指示したりっていうのは、していなくて。普通はたくさん撮られることでだんだん慣れてくるものなんですけど、それもないんですよね。それでも、ものすごい「被写体力」を持っている。
初めて撮影したとき、時間は短かったんですけど、すごいものを感じたので、すぐに次回のアポイントを取ろうとしたら、先に彼女のほうから連絡をもらって。「もっと撮られたい」ということを、ちょっと熱い文面で受け取って、そこから始まったんですよね。
大槻 すごい! なんか、すごくいい話。

青山 僕の作品は、サラリーマンを跳ばせて(ソラリーマン)、制服の女の子の顔を隠して(スクールガール・コンプレックス)、そのあとに、これ(少女礼讃)なので。真正面に向き合ったポートレートは、実は初めてなんです。仕事としてグラビアを多く撮っていますが、自分で発表する作品としては、これが最初。今回は、『少女礼讃〜portrait〜』という名前なので、本当にポートレートとしての決定版だと思っています。
でも実は、みんな誰でもこれくらい撮ってるんじゃないかとも思っているんです。別にそれは、男女とか恋人に限らず、たとえば自分に子供がいれば、写真はたくさん撮ってるでしょうし。大切な人とか、撮りたい人って、めちゃくちゃたくさん撮ってるよねっていうことを、作品としてやっているという面もあります。
岡藤 彼女との関係性というか、とにかくこの子が撮りたいんだ、撮りたいんだっていう。ただそれだけなんだなっていう。この写真集の素敵さってそういうことを教えてくれるところにある気がしていて。本当はみんな、こういうことができるはずなんだよって。
大槻 お互いにコミュニケーションの精度がすごく高いというか、成熟していて、すごいことですよね、本当に。
岡藤 表情ひとつ取っても、だんだんキレイに、大人になっていく。おぼこい感じの少女から、大人の女性に。
大槻 変化していく被写体ということも含めて、私は、何かひとつの奇跡を目撃している感覚にもなるんですよ。

未来の「コミュニケーションの教本」に
──今後、時代の移り変わりなどもあって、このような作品は現れないかもしれないと感じています。『少女礼讃〜portrait〜』は、未来に何を残すと思いますか?
青山 結局、ひとりの写真家ができることって、別に世界を変えることじゃなくて、目の前にいる人をちょっと変えるぐらいのことで。私としては、ただただこの写真たちを、誇りを持って作品として伝え続けていきたいです。
岡藤 この作品を見ていると、いつも私の中で何かが揺さぶられるといいますか。この子は本当はどんな子なんだろう、とか。青山さんとどうやって話しながら撮ったんだろう、とか。写っているものの向こう側にあるストーリーが、平面で印刷されたものなのに、すごくにじみ出ている。こういうものって、これからどんどんなくなっていくんじゃないかな。少なくとも、紙という媒体では。
こんなに密接で、生々しさが見える関係性って、今後、見ることが少なくなっていくと思います。目の前にいる人の手触りさえ、実感できない時代になっていく。そういう意味でも、すごく価値のある作品だと改めて感じますね。
大槻 今の子供たちって、おそらく我々の世代よりもコミュニケーションの取り方に悩んで大人になっていくと思うんですけど、そのさらに子供たちとなると、ますますそうで。そんな世代にとっては、もしかしたらこの写真集が「コミュニケーションの教本」みたいになる可能性もあるんじゃないかと思っています。
自分もこんなふうに大切な人を撮りたい、大切な人に撮られたいと思うことって、コミュニケーションの入口だともいえますよね。「お互いに踏み込む」ことに勇気を与えてくれるような、そんな作品として残っていってほしいと思います。
文・編集=中野 潤

『少女礼讃〜portrait〜』
著者:青山裕企
仕様:A4/480ページ
定価:5,500円(税込)
発売:2025年10月3日
発行:玄光社