2011年10月23日 09:30

 

 

こんにちは!“題名舞台裏ウォッチャー”キャンディーです。
さあ、今回の放送「リスト生誕200年~ケタ違いの成功をもたらす3つの習慣」いかがだったでしょうか?リストと言うと、一般的なイメージは“キザなイケメン”ですよね。リストのスター街道の始まりはショパンと同じ時期にパリのサロンで活躍したピアニストとしてでした。派手なピアノ・テクニックで女性を夢中にさせ、失神する女性客もいっぱいいたと言うから、今で言うロックコンサートの類だったのでしょうか。「作曲ができ、超絶技巧の演奏ができ、そしてルックスがいい」と、まさに3拍子揃ったアイドルだったリストですが、実はブロマイドの誕生も、そんな人気者のリストがきっかけだったそうです。
 そんなリストですが、当時のライバルであるショパンに対しても敬意を払っていました。ショパンが自分のために捧げてくれた練習曲で、自分の弾けないテクニックがあればそれもしっかり勉強して、よくコンサートではショパンのピアノ曲も演奏していたようです。(一方、ショパンは自曲しか弾かなかったようですが)。まさにここでもリストはしっかりショパンのテクニックも吸収していたのですね。
 脚光を浴びる陰では、こういった努力はもちろんのこと、「芸術家は社会の役に立たなければならない」とも考えていたようです。なのでサロンのような、お金持ちに一部の芸術家がお気に入りとしてもてはやされることが芸術家としての存在意義ではなく、もっと広く貢献しなければならない、と考えており、いわゆる「義援金コンサート」を定着させたようです。まさに地位も人気もあったリストだったからこそ、こういった仕組みを成立させることができたのでしょう。
 そしてリストは37歳くらいの若さで、自分のあまりに卓越したピアノ・テクニックに対し、観客が音楽性を求めるのではなく、単なる見世物として期待していることに失望し、ピアニストとしての活動を止めてしまいます。そこから次々と第2、第3の人生を歩み出すのですが、自分の活動にきちんと意義を見出し、こだわった結果、一切を捨て、次へ進めるのは凄いです!
 そういえば先日、指揮者の宮本文昭さんがある作品を指揮した後、「オーボエをやめたからこそ、この作品の素晴らしさに出合えた。それだけでもオーボエをやめた意義がある」とお話しされていました。やはり頂点まで上り詰めた人は、その成功法で次のステップも切り拓くものなんですね。
 自分の現在置かれている状況に囚われず、その根底にある真実を見据えて活動を続けたリスト。200年たった今でも、いっぱい学ぶべき点があります。

 

 

 

視聴者からのコメント
2011年10月29日 13:14
青い鳥

偉大な音楽家リストの成功術は、今、生きる私たちにとってどれも、成功に必要不可欠な要素だと思いました。番組で取り上げた成功術の三つ。
1.具体的な目標を持つ
(努力で、それに到達する)

音楽に悩み苦しみまた一歩華麗に進むリストの音色

2.貪欲に吸収
3.人を大切に

特に2の「貪欲に吸収」では、フランクが最初にヴィクトル・ユゴー(以下・ユゴー)モチーフにした、「人、山の上で聞きしこと」で「交響詩」を手がけていて、それを追う形で(一説には、構想はしていたらしい)、リストが同じ「人、山の上で聞きしこと」を手がけたのがすっかり「交響詩」の元祖と思われるほど、素晴らしい作品に仕上がったのも、リストの貪欲までの吸収力が、フランクの作品より上回る結果になったからなのでしょう。

煌めいた光照らされリストゆく音にロマンの詩をつけながら

私は、ユゴーと聞くと、あるユゴーの言葉を思い出します。
それは、

海よりも広いものがある。それは空だ。
空よりも広いものがある。それは人の心だ。です。

このユゴーの言葉を実際に実践していたのが実はリストだったのです。リストにはこんなエピソードがあります。リストが晩年かなり有名になっていたころ、自称リストの愛弟子と名乗る人物がいたのです。もちろん、リストは、実際に教えたこともない人物です。ある時、この人物に会う機会がありました。その時、その人物は、直接、リストにかってに弟子を名乗ったことを謝ったそうです。そこでリストは、「この曲を弾いてみなさい」といったそうです。リストから見てたどたどしい演奏だったのですが、一回聴いて、「これであなたは、リストの弟子だと胸を張ってよい」といったそうです。昔も今も、音楽で生計を立てていくのは大変こと。リストは、そういうことも頭にあったのでしょうが、なかなかできることではないでしょう。こういうユゴーの言葉の世界を体現してしまうリストだったので、「人、山の上で聞きしこと」の「交響詩」がよりよい作品になったのだと思います。
3の「人を大切」に通じるものです。実際に、本当の弟子からレッスン料を取らなかったことからも分かります。
リストが「人を大切に」する原点に、実は、リストも師のチェルニー(ツェル二―)から、レッスン料なしで受けていた過去があったからです。その時の恩をしっかり覚えていて、自分ができるときにその恩を社会に還元したのです。だからこそ、災害などが起きた時に「義援金コンサート」をさきがけて開くことができ、それを定着させたのだと思います。このリストの思いは、いまだ鳴り止むこともなく、いまもって、世界各地で開かれている「義援金コンサート」に鳴り響いています。

音楽家リストの光照らされて音楽性の道が開ける

P.S.「生さだ」の番組で、佐渡裕さんのおたよりが紹介されていましたね。宮城県名取市で、被災者のための「無料コンサート」お疲れ様でした。日本のツアーの合間を縫って、ドイツ・オーケストラの「ベルリン・ドイツ交響楽団」の有志による方々と開かれたとのこと。なかなかツアーの合間にできることではないので、頭が下がります。日本人の私からも、感謝申し上げます。本当にありがとうございました。きっと、このメロディーは、お亡くなりになられた方々の鎮魂のメロディーとなり、また、今、生きている被災者にとって、癒しのメロディーとなり、そして、未来への希望のメロディーとなったことと思います。こういうところにも、リストの思いが息づいているのですね。

2011年10月23日 21:46
相馬裕志

私は、決してリストが嫌いな訳ではありません。それどころか、「レ・プレリュード」は高校時代に演奏した想い出の一曲です。しかし、彼について多くの音楽書には「作品多数、ただし駄作も多し」とあります。