「ひとつもためにならない、無駄な時間を楽しむ」石井玄のサボり方
クリエイターの「サボり」に焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト〜あの人のサボり方〜」。
今回は、元『オールナイトニッポン』のチーフディレクターで、現在はニッポン放送でイベントなどの企画を手掛ける石井玄さんが登場。ニートから人気番組に携わるラジオマンに至るまでを振り返りながら、仕事の中心にある思い、仕事をせずにサボることの大切さなどを語ってもらった。
石井 玄 いしい・ひかる
埼玉県出身。明治大学卒業後、東放学園専門学校に入学。2011年にサウンドマン(現・ミックスゾーン)に入社。ディレクターとしてニッポン放送の『オードリーのオールナイトニッポン』、『星野源のオールナイトニッポン』、『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』などのラジオ番組を担当したほか、オールナイトニッポンのチーフディレクターも務めた。2020年からはニッポン放送のエンターテインメント開発部にて、イベントや書籍などのプロデュースを担当している。
初めて本気になれたのがラジオだった
──石井さんがラジオ業界に進んだきっかけから聞かせてください。
石井 ラジオが好きで、ラジオに救われたから、とよく言っているんですけど、本当に何もできない人間だったんです。バイトも続かず、大学にも通えないような生活を送っていました。そのまま当てもなく大学を卒業し、週末に地元の友達とサッカーをやるだけのニートになって。
何もしないまま、「俺には何もないな……生きてる意味あるのかな?」という漠然とした思いを抱えていました。まあ、遅れてきた思春期みたいな感じですね(笑)。でも、ラジオを聴いていると、「それでもいいんだよ」、「みんなそうなんだよ」と言ってもらえるような気がしたんです。伊集院光さんや、爆笑問題の太田(光)さんも、学校生活に挫折してたりするじゃないですか。
それで、今後の生き方を本気で考えてみたときに、自分が聴いてきたようなお笑いのラジオ番組に携わりたいなと思ったんです。それからちゃんとバイトをしてお金を貯めて、放送系の専門学校に入り直しました。自発的に行動したのは、このときが生まれて初めてだったかもしれないです。
──制作会社に入社してからも、モチベーションを維持して働くことはできたのでしょうか。
石井 最初はADとして怒られまくっていたので、「とにかく怒られないように動こう」という思いが先にあって、ちょっと受け身だったかもしれないですね。でも、だんだん怒られそうな選択肢を回避できるようになってきて、ミッションを攻略するゲームのような感覚で業務に取り組めるようになったんです。そのあたりから、受け身でいるより自分から動いたほうが怒られないし、仕事も楽しめることがわかってきました。
ラジオADの業務は雑務が中心ですが、BGMを用意するにしても、こちらからいくつか候補を提案することで、だんだん選曲を任せてもらえるようになったりするんです。ADとして認められる場面が増えると、次はジングル(CMやコーナーの節目に使われる素材)作りや中継を任せてもらえるようになる。そういった積み重ねを通じて、ディレクターとして必要なことを学んでいったような気がします。
番組を担当することは、パーソナリティの人生を背負うこと
──入社3年目には、念願だった芸人さんの番組(『アルコ&ピースのオールナイトニッポン0(ZERO)』)でディレクターを務めたんですよね。
石井 逆にお笑いがやりたいって騒いでいたのが僕くらいしかいなかったこともあるんですけど(笑)、社内でアピールはしてましたからね。当時は「俺がやらなきゃ誰がやるんだ」くらいのテンションで。
──ディレクターになってみて、理想と現実の狭間で葛藤を感じるようなことはありましたか?
石井 ディレクターとしての自分のことよりも、とにかく番組をおもしろくするためにできることは何か考えていました。間近で番組が終わるのを見てきて、「自分たちはパーソナリティの人生を背負っているんだな」と思うようになったので。オールナイトニッポンのような番組が終わると、若い芸人さんは「勢いがなくなった」と思われたりもするんですよ。そんなことはないんですけど。番組を終わらせることで、パーソナリティの人生を狂わせてしまうかもしれない。だからこそ、番組をおもしろくして、パーソナリティが評価されるためにできることをやろうと。
結果としては、パーソナリティのアルコ&ピース、構成作家の福田(卓也)さんという才能のある人たちの力でおもしろい番組になりましたが、それでも3年で終了してしまいました。最終回の日、出待ちのリスナーが500人ぐらい集まったのを知ったニッポン放送の人たちが「あの番組、おもしろかったんだね」と言ったんです。そのとき、番組が終わったのはディレクターである自分の責任だと思いました。ただおもしろい番組を作るだけでなく、その人気を証明し、説得力のある結果を周囲に示さなければダメなんだと気づいたんです。
──それで「番組を終わらせない」という思いが、ますます強くなっていたんですね。以降も石井さんは多くの人気番組に携わるようになりますが、ほかにディレクターとして意識していたことはありますか?
石井 パーソナリティとは適度に距離を置くようにしていましたね。後輩にも「パーソナリティのファンになるな」と言っていたんですけど、番組全体が内輪っぽい空間になると自分たちを客観視できなくなって、なんでもおもしろくなっちゃうんですよ。特にディレクターは番組のリーダーなわけですから、番組に適度な緊張感を保ったほうがいいと思います。
自分が関わるものに限らず、緊張感のある番組が好きなんですよね。感覚的な話ですが、いい番組はパキッとしている。音の使い方ひとつ取っても、ちゃんと意図があって計算していることが伝わってくるんです。
石井さんの学生時代やラジオ制作の日々は
自身初のエッセイ『アフタートーク』(KADOKAWA)でも
詳細に綴られている。発売は2021年9月15日予定
ラジオを広めるためにできることを
──現在所属しているニッポン放送のエンターテインメント開発部では、どんなお仕事をされているのでしょうか。
石井 プロデューサーという立場で、イベントを中心とした企画を手掛けています。番組イベントなどはディレクターとしてやってきたことと業務が近いのですが、今は会場や予算、スタッフなども自分で決めることができるので、楽しいというか、やりやすいですね。
パーソナリティや事務所のマネージャーさんと顔見知りなので、どんどん企画を持っていって話を進めることができるし、場合によってはイベントの演出までやることもあるので、ディレクターとしていろんな番組に関わってきた経験が活かせているんじゃないかと思います。
──番組スタッフ側の状況や考え方も理解できていると、話が進めやすいんでしょうね。
石井 そうですね。番組にとってはイベントが負担になることもありますが、経験上、無理のない範囲をある程度把握していますし、番組側が嫌がるような内容を避けることもできるので。関係性があり、番組が持つ温度感みたいなものがわかると、やっぱり話は早いんですよね。
緊急事態宣言によって『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』のイベントが中止になったとき、開催予定日に急きょ配信イベントを実施したんですけど、それも僕が番組のディレクターをしていたから間に合ったところもあって。中止が決まった瞬間、佐久間さんに配信イベントを打診し、作家さんにタイトルを依頼して、ロゴデザインの発注準備まで進めていましたから。ただ、逆に経験のないお金の管理などは、まださじ加減もわかっていないので勉強しているところです。
──番組イベント以外にも、今まさに取り組んでいることや、今後形にしようとしている企画などはありますか?
石井 新しいものとしては、ラジオではなくネットで音声コンテンツを配信する企画を進めています。ある企業からニッポン放送と番組を作りたいというオファーをいただいて、企画を練っているところなんです。ほかにも、ラジオドラマの企画を提案したりしていますね。
あれこれ計画していますが、結局何がしたいのかというと、ラジオをもっと広めたいんです。映像の世界にサブスクリプションの波が来たように、音声の世界もコンテンツの可能性が広がっているし、ラジオ好きの若いクリエイターから声をかけてもらえる機会も増えました。ラジオを軸にもっとおもしろいことができそうで、今から楽しみなんです。
インプットはサボって、好きなことをやる
──SNSなどを見るとゲームに没頭したりすることもあるようですが、石井さんの「サボり」について聞かせてください。
石井 最近はけっこうサボってるかもしれないです。サボるのって大事ですよね。映画を観たり、ゲームをやったり、YouTubeを観たり、好きなことにちゃんと時間を使うということなんですけど。
──インプットの時間というわけではない?
石井 違いますね。ディレクター時代は「これも観ておかなきゃ」という気持ちでいろんな作品を追っていましたが、そういうのはやめて、自分が観たいものを観て、やりたいことをやっています。話題のドラマであっても、自分がおもしろいと思えなければ観ません。そういう意味でもサボってるんですよね。でも、今のほうが精神的に健康だと思います。
インプットだと思うと、何をしても楽しくないんですよ。テレビを観てもラジオを聴いても、作り方やキャスティングが気になってしまう。純粋に楽しめなくなるんですよね。YouTubeも、再生数の高いものはヒットの背景を考えてしまうから、自分の成長や学びになんの関係もないゲーム実況なんかをダラダラ観ています。無駄だけど、最高なんですよ(笑)。
──仕事としてコンテンツに関わっているだけに、そこから離れる時間を大事にしているんですね。
石井 以前は精神的にも余裕がなくて、常に何か生産的なことをしていないと落ち着かなかったんです。スマホから手が離せなくて、オフのときも「明日の番組どうしようかな?」なんて考えちゃって。
業務内容が変わり、少し余裕が出てきたことで、ようやく無駄な時間を楽しめるようになってきました。猫を小一時間抱っこしたり、ベランダに座ってぼーっと景色を眺めたり、ちょっと前なら考えられないような時間の使い方をしています。
──猫の写真もSNSによくアップされていますよね。
石井 在宅ワークをするようになって、猫との時間が増えたんですよね。会議中に「部屋の中に入れろ」って大騒ぎするので、会議が終わったら中に入れて、10分くらい戯れて仕事に戻る。ちょっとしたサボり相手ですね。ただ、こちらがヒマなときに限ってそっけなかったりするんですけど。一番無心になれるのは、ゲームをしているときか、猫といるときですね。
石井家の愛猫、エマ(左)とルナ(右)
エマが石井さん派で、ルナが奥さん派なのだとか
撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
「サボリスト〜あの人のサボり方〜」
クリエイターの「サボり」に焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載。月1回程度更新。