この恋は、最初で最後。“友達”の境界線を超えそうになった夜(江野沢愛美)
エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。
江野沢愛美(えのさわ・まなみ)
10代より雑誌『ピチレモン』『Seventeen』の専属モデルとして数々の表紙を飾り、トップティーンモデルとして活躍。現在は『non-no』専属モデル。女優としても『シライサン』(2019年)『羊とオオカミの恋と殺人』(2019年)など話題の映画に出演。2020年にABEMAオリジナル恋愛リアリティーショー『恋愛ドラマな恋がしたい 〜KISS or kiss〜』に出演すると反響を呼び、数々のトレンド入りを記録した。2021年秋には映画『幕が下りたら会いましょう』が公開される。
「もう会わないようにしたい」
私がそう言ったのは、まだ少し肌寒い4月のことだった。
相手は同い年の男友達。
私は、人生で一度だけ男友達を好きになったことがある。
友達を好きになるのは、きっとこれが最初で最後だと思う。
過去にそれくらいがんばった自分がいたということを形に残し、
自分で自分を褒めてあげるためにも、このエッセイを書くことにした。
私はそれまで男友達を恋愛対象として見たことは、ただの一度もなかった。
その人は、出会って最初の何カ月かは、たしかに“少し変わった男友達”だった。
彼は私に対して、常に「大事な友達」だと言った。
でも気がつくと、その肩書が少し窮屈になっていて、「そこをなんとか!」と思っている自分がいた。
その気持ちをそっくりそのまま女友達に話すと、「“気になる存在”なんてものはない。おいしいものを食べたとき、新しい服を見たとき、その人の顔が浮かべば、それはもう“好きな人”だね」と言われたもんだから。
その日から急に、彼は“友達”から“好きな人”になってしまった。
彼と一緒にいる楽しさと、恋人に昇格できない切なさ
そんな彼は、私の好意を知っていた。
今この記事を読んでいる99%の人の想像をひっくり返すことになるかもしれないけど、
私の恋心を知りながら、彼はただの一度も手すら触れてこなかった。
ワンルームの部屋に男女ふたりがいても、
ただ“いる”だけで、恋愛的展開になることなんて一回もなかった。
彼は本当に出会ったことのないタイプだった。「変わってる」と言うのは違うかもしれないが、でもそれ以外に似合う言葉がない。
20歳そこそこの年頃の女に、夜遅くに突然「今からラーメンを食べに行こう!」と誘ったりする、とにかく無頓着で女の気持ちが1ミリもわからない男。
変だけど、そこがあまりに同年代の男子と違って、おもしろくて好きだった。
「今時の中学生のほうが大人な恋愛をしてるのでは?」と思うほど、男友達というより女友達のような関係だった。
会わなくても毎日朝から晩まで連絡を取っていた。お互いの友達の話、その日にあった仕事の話、愚痴や悩み。
誰々がおもしろいとか、変な先輩の話とか、撮った写真とか、たくさん共有した。
お互いの大切な仕事をお互いに応援し合って、
うまくいかなければありったけの言葉を紡いで褒めまくった。
「どんな関係?」と自分でも思うけど、友達以上、恋人未満。
私がどんなに粘っても、肩書が“友達”から“恋人”に昇格することはなかった。
彼を想っていたこの期間は、楽しさとつらさが隣り合わせで、
少しの期待とすべてを察してしまってる切なさの間で戦っていた。
時間が経つにつれてどんどん自分がすり減っていく感覚はあった。
でも、それが当たり前になると苦ではなくなっていた。
私も懲りないので、試しに何回か好きだと言ってみた。そのたびに「せっかくできた大事な友人だから」と必死で止められた。
正直、意味わかんなかった。
だけど、彼の言っていることは私だって同じ気持ちだった。
私たちの関係に恋愛要素がひとつもなくても、肩書が“友達”から変わらなくても、
会えなくなるほうが何倍もつらかった。だから、彼に説得されて何度かは我慢した。
でも、そんな関係に自分から終止符を打った。
「もう会わないようにしたい」恋を終わらせるための期限
出会ってちょうど1年が経った月。
それは、彼を好きになって最初に振られたころ、決めていた“期限”だった。
友達からの昇格はないと心のどこかでわかっていた。
だから、ふたりの関係を終わらせる“期限”を決めないと、いつまでも片思いで満足してる自分に甘えてしまうような気がした。
“期限”を決めていたからこそ、私はこの人に全力で恋をして、全力で伝えて、この恋でできるすべてをしっかりまっとうしたと思った。
けっしてネガティブなことではなく、本当に清々しい気持ちだったし、この1年の自分はかっこよく、とても誇らしかった。
それは、恋愛対象以前に人として好きになるくらい、彼が本当にいい奴だったからかもしれないと今は思う。
「しばらく会わない」という私の提案はやっぱり止められたけど、「私もあなたが大事だからこそ、本当の友達に戻るために会わないよ」と伝えた。
彼も気持ちを察したのか、今回ばかりは「わかった。それでも俺は変わらない。いつか友達としてまた会ってくれたら心からうれしい」と言ってくれた。
やっぱり変な人だな、と最後まで思った。
“友達”の境界線を超えそうになった、忘れられない夜のこと
夜中、一緒に食べるアイスが好きだった。
「プリンも食べたいな」と言ったら、次会うときに買っておいてくれて、そんなところも好きだった。
「3種類あって、どれが好きかわからなくて」
ひとつでいいのに3つも買ってくれていた。自分は甘いものが苦手なはずなのに。
そんなところも好きだった。
彼に「具合が悪い」と言われ薬局に走った夜も、
顔に冷えピタを貼りまくって笑った夜も、
夜中に怖い体験をして「助けて」と泣きながら家に行った日も、すべてがいい思い出として昇華されつつある。
ただ、私にはひとつだけ“忘れられない夜”がある。
“友達”という境界線を超えられないまま何カ月か経ったある日、一度だけ彼に抱きしめられた。
突然で何が起こったかわからず、そのまま時間が過ぎてしまい、自分の悪い癖で笑ってごまかしてしまった。
抱きしめてきた理由を、友達だから聞けたはずなのに、友達だからこそ聞けなかった。
「どんな気持ちで、どんな思いで、私にこんなことしたの?」と。
何度も、何度も後悔した。
でも今思うと、聞かなくてよかったのかもしれない。
恋はつらくも楽しい。忘れかけていたあの日々の感情
全力で恋をするということは、
ちょっとした言葉でうれしくなれて、
まったく意味のない言葉で悲しくもなれる。
忘れかけていたけど、恋はつらくも楽しい。
人を好きになるのは自然なことだけど、当たり前ではなく尊いこと。
うまくいくだけが素敵な恋愛じゃないと、そう思わせてくれた。
だからこそ今があり、
彼にも、そしてあの日々の自分にも、私はとても感謝している。
変わらず元気にしてますか?
私のような友達はできましたか?
あれから私は、元気に楽しく過ごしています。
このエッセイを書くにあたって、あなたに必死にぶつかっていた私を久々に思い出しました。
あのときのように私から誘うことはもうないけれど、
またどこかで会うことがあれば、堂々とあなたの“友達”として会えると思います。
出会ってくれてありがとう。
文・撮影=江野沢愛美 編集=高橋千里