4年前、初めてのひとり暮らし。孤独な自分を抱きしめた夜(大友花恋)
エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。
大友花恋(おおとも・かれん)
1999年10月9日生まれ、群馬県出身。2012年に女優デビュー。2013年に「ミスセブンティーン」でグランプリを獲得、『Seventeen』の専属モデルに就任し、「Seventeen夏の学園祭2021」で卒業。近年の主な出演作は、映画『君の膵臓をたべたい』(2017年)、ドラマ『チア☆ダン』(TBS/2018年)、『新米姉妹のふたりごはん』(テレビ東京/2019年)、『初情事まであと1時間』第8話(MBS/2021年)、現在放送中の『恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~』(日本テレビ)、映画『あなたの番です 劇場版』が12月10日に全国公開する。2017年4月から2021年3月まで『王様のブランチ』(TBS)にレギュラー出演し、9月から再び、産休入りした横澤夏子の代役として出演中。
肌寒い夜だった。
涙がポロポロとこぼれた。泣くシーンの撮影なら、きっと一発OKだろうな。まるで他人事のように、そう思った。
孤独である自分を、懸命に抱きしめた夜──。
今から4年前の秋。とある日曜日の夜のことだ。
あの日、引っ越しのすべての作業が終わった。ようやく家具や家電などが届いたのだ。
カーテンとベッドしかなかった小さなワンルーム。空っぽの部屋で、私は数日間、イレギュラーな日々を満喫していた。
初めてのひとり暮らし。仕事のため、都内にひとりで泊まることには慣れていたが、自分だけの空間が確立することは特別なことだったのだ。
待ちに待った家具や家電が届く日。私は16時まで仕事の予定だったため、受け取りや組み立ては、家族にお願いすることになっていた。
「家具、届いたよ〜。これから組み立て!」
「ありがとう!撮影が終わったらすぐに帰るから、それまで組み立てお願いします!」
「はーい、任せて!」
撮影の合間に、母とメッセージのやりとり。
ようやくテレビが観られるな。部屋のテイストはどうしようかな? いろいろとインテリアもそろえたいな。
本格的に始まるひとり暮らしを想像し、撮影にも精が出る。しかし、撮影が終わったのは18時ごろだった。
「ごめん!今、終わった!そちらはどんな感じ??」
「お疲れさま!こちらは、引っ越し作業終わったよ!ママたち、明日も朝早くから仕事や学校があるから、これで群馬のおうちに帰るね〜花恋を待てなくてごめんね汗」
そんなやりとりに、少しだけ、おなかがふわりと浮いた気がした。
「ただいまっ!」
玄関を開け、誰もいない空間に呼びかける。前日まで反響していた声は、新品の家具が穏やかに吸収していった。
「うわあ、すごい」
思わず独り言ちる。テレビも冷蔵庫も、カーペットもテーブルも棚も完璧に配置されていた。まさに、憧れていたひとり暮らしの部屋だった。
テレビをつけて、バッグの荷物をさっそく棚に収納する。よしよし、いい感じ、とわざわざ口に出して笑う。続いて、水をしまおうと冷蔵庫を開けると、冷蔵庫には母の手料理があった。
また、ふわりとおなかが浮いた。
「家に帰ってきたよ!組み立ても料理も、ありがとう!」
「テーブルの上、見た〜?」
母からのメッセージで、ようやくテーブルの上の封筒に目が行く。
……いや、本当は、帰ってきてからずっと気がついていた。でも、なんだか気がつきたくなかった。
「時間があるときに、読んでみてね」「うん、今から読む!」
母に送ったびっくりマークの勢いとは裏腹に、私の手はなかなか封を開けられなかった。
おなかの浮く感覚が、すうっと冷たく変わっていることに気がつく。
封筒の中には、何枚もの便箋が丁寧に織られて収められていた。便箋に綴られたいつもの母の字。あまりにも整ったその字から、母の温もりを感じる。
幼少期の思い出、私が芸能界に入ったこと、そして、実家を出てひとり暮らしを始めるということ。
母の寂しさが、心配が、希望が、愛が。一つひとつの文章に留まりきらず、手紙からあふれてこぼれてくる。
母の想いは、力強い波のように私を打ちつけ、真冬のブランケットのように私をくるんだ。
寒い。
まだ、冬は先だというのにそう思った。
涙がポロポロとこぼれた。
泣くシーンの撮影なら、きっと一発OKだろうな。まるで他人事のように、そう思った。
そして、じっくりと咀嚼する。
本当は、すごく寂しかった、という自分の気持ちを。
ひとりで都内に泊まることに慣れていても、仕事が充実していても、家族と、両親と離れて暮らすことは寂しい。
でも夢のために、ひとり暮らしをするという選択をした自分は、寂しくて不安だなんて思ってはいけないと気持ちに蓋をしていた。
本当は、家族と一緒に家具を組み立てて、心の整理もしたかった。母が持ってきてくれた手料理を一緒に食べたかった。
手紙も、直接受け取りたかった。
「今までありがとう」と、改めて、直接お礼を伝えなければならなかった。
つけっぱなしのテレビから流れる陽気な音楽が、よけいに私をひとりにさせた。
「来週もまた観てくださいね〜」
毎週のように家族みんなで観ていた国民的キャラクターに呼びかけられる。
完璧に整った部屋でひとり。
じゃん、けん、ぽんっ!
とっさに出したチョキは、あいこだった。
あの夜から4年が経った。
4年間のうちに、いろいろな出会いがあり、私は20歳を迎え、再び引っ越しもした。
経験と挑戦の日々は、あの夜の寂しさを少しずつ薄めていく。
あの手紙を読み返しても、もう涙が流れることはない。東京で、ひとりで生きることが私の日常になった。
ただ、あの夜のことは、ふと鮮明に思い出す。
おなかが、ふわりと浮いた。
文・撮影=大友花恋 編集=高橋千里