踏み込めないまま大人になったふたり、“あーちゃん”と距離が近づいた夜(金井 球)

エッセイアンソロジー「Night Piece」

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エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。

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金井 球(かない・きゅう)
2001年9月の新宿に生まれる。寿司屋のバイトを「賄いに寿司が出ない」という理由で辞めたこともあったが、最近は執筆やZINE制作、Podcast番組『ラジオ知らねえ単語』の制作・出演、演技など、精力的に活動の幅を広げている。
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正直、踊ることがおもしろいみたいなフェーズはとっくに終わっていて、それでもあーちゃんとわたしは踊りをやめたくないから踊っていた。

わたしたちにできる踊りのレパートリーは、とっくに尽きていた。左右に揺れる/お尻を振る/腕を広げる/肩をくねらす。義務感とかではなかった。いつでもやめられる踊りを、踊りをやめたくないという明確な意思を持ってやめなかったふたり。左右に揺れる/お尻を振る/腕を広げる/肩をくねらす。はじめて、わたしたちはいまどうしようもなく姉妹だなと思った。

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意外だと言われることが多いのだけど、わたしには妹がいる。あーちゃんという、髪がピンクの4歳下の妹だ。意外だと言われることが多い、というのは、自認がどうとかではない。本当に、いままで100人と兄弟構成を当て合って、100人がわたしに妹がいること、わたしが長女であることを見抜けなかった(わたしにはそれを褒め言葉だと思っている節がある)。

わたしのあざとかわいさがそう思わせるのか、面倒見のよくなさが一瞬でにじんでしまうのかはわからないけど、とにかくわたしは世界中の初対面のだれからもお姉ちゃんだと思われたことがない。正直、自分でも自分の中に姉らしさみたいなものをひとつも見出せない。

一度、あーちゃんの18歳の誕生日のプレゼントを買うために、自分でもなかなか入れないデパコス売り場に行った。「妹のプレゼントを買いたいんですけど……」と、はじめて話したBAさん(ビューティーアドバイザー)に伝えたとき「自分がかなり自覚的に姉をやりにいっている」ということにすぐ気がついてしまったくらい、わたしは日頃まったく姉じゃない。

あーちゃんとわたしは父親が違う。

そんなに意識せず生活してこられたけれど、そういうこともあってか、わたしたちの間には少し不思議な距離感があると思う。趣味はまったく被っていない。洋服もシェアしない。子どものころはよくケンカをしていた気がするけど、ある程度大きくなってからは一定の距離を保って暮らしていた。

そういえば、あーちゃんの友だちと話したことがない。真夜中のキッチンで恋バナをしたこともない。父からはよく「仲がいいんだか悪いんだか、わかんないね!」と言われるが、仲はよくも悪くもないと思う。干渉しない。そんなルールがあるみたいに、わたしたちはお互いに踏み込まないまま、同じ部屋で大きくなった。

離れて暮らすようになってからは、頻繁に連絡を取り合うこともない。姉らしくきょうだいを溺愛するまわりの姉たちに憧れては少しまねをしてみるが、やはりそこまでの熱はない。照れくさいのかもしれない。きっと、あーちゃんだってわたしに溺愛されることなんて望んでいないのではないか、と思うけど本当の気持ちはわたしにはわからない。友だちじゃないし赤の他人じゃない、家族と言い合うのは恥ずかしい。ママの血と家だけがわたしたちをつないでいると思う。わたしたちはそれでいい。一緒にご飯を食べても、銭湯に行っても、この距離感が縮まることはないのだろうと思う。

2月のことだ。餃子パーティーをしたいというママの提案によって、あーちゃんとわたしはママの家に遊びに行った。18時、先にあーちゃんと合流してスーパーで食材を買っているとき、そういえばあーちゃんのことをわたしは「あーちゃん」としか呼んだことがないと気がついた。それに、ママの家をあーちゃんと訪ねたのははじめてだった。

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みんなで作ったママの餃子を食べながら、19歳になったあーちゃんの成人式が、もう来年に迫っていることを話した。

「あーちゃん。振袖は、わたしも着たおばあちゃんのお下がりを着るのが絶対いいよ!」姉らしいことを言ってみて、「あらまあ姉ですね〜」と思った。わたしが姉らしさをものにすることはきっと一生できないんだろう。

食事が終わって、しばらく布団に横になったあと、おもむろに立ち上がったわたしはリビングへ向かった。半分くらい残していた缶ビールを飲み干すとすごく気分がよくて、好きな曲を流してみる。人の家で好きな曲を流すのはビールを飲み干すことより気分がいい。電影と少年CQに合わせてでたらめに踊っていると、あーちゃんがそれに続いて、次にママが続いて踊り始めた。3人は、わたしのiPhoneからシャッフル再生で流れてくるどんな曲調にも合わせて踊った。肩が触れそうになるたび爆笑しながら踊った。

30分くらい経ったあたりでママはお風呂に入るからと踊りをやめて、リビングにはあーちゃんとわたしふたりだけになった。左右に揺れる/お尻を振る/腕を広げる/肩をくねらす。おもしろくないのにやめたくない。

わたしたち、おもしろくないのに、やめたくない。

いまこの瞬間、この世界で心がつながっている唯一の人間だと思った。どっちが上とか下とかはなく、なんか人間同士として姉妹だった。

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ママがお風呂から上がって布団に横になりはじめても、わたしたちはふたりきりで、いつでもやめられる踊りを踊った。左右に揺れる/お尻を振る/腕を広げる/肩をくねらす。そんななか。革命が起きる。あーちゃんが手を拳銃の形にしてこちらに向けてきたのだ。頭のうしろのほうで爆発音がした。

左右に揺れる/お尻を振る/腕を広げる/肩をくねらすしかなかったわたしたちの世界に、とつぜん具体的なイメージが持ち込まれて、あろうことかその銃口は、ずっと一緒にたのしく踊っていたわたしに向けられている。すごくおかしかった。笑いすぎて涙が出る。笑いながら泣きながら、向けられた銃口によって、また少しずつ、一度近づいたはずのわたしたちが、いままで保たれてきた距離感に戻っていく感覚があった。

拳銃を突きつけたまま、突きつけられたまま、わたしたちは踊り続けた。

しばらくしてあーちゃんが踊りながら寝室に帰っていって、それで、わたしたちの夜は終わった。

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文・写真=金井 球 編集=宇田川佳奈枝

エッセイアンソロジー「Night Piece」