「仕事みたいに遊んで、遊びみたいに働く」林雄司のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

 

今回お話を伺ったのは、会社員として人気WEBメディア『デイリーポータルZ』の編集長を長年務め、2024年に独立し、デイリーポータルZ株式会社の代表として同サイトの運営を続けている林雄司さん。会社員時代から背伸びをしない等身大のビジネス書を手がけるなど、どこかサボりの香りがするクリエイターである林さんの「サボり観」を聞いてみた。

林 雄司 はやし・ゆうじ
デイリーポータルZ株式会社代表。2002年に立ち上げたWEBメディア『デイリーポータルZ』をはじめ、『Webやぎの目』、『死ぬかと思った』などのサイトを運営。『世界のエリートは大事にしないが、普通の人にはそこそこ役立つビジネス書』(扶桑社)、『ビジネスマン超入門365』(太田出版)など、独自視点のビジネス書なども手がけている。

本当は「できませんでした」で終わりたい

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──林さんは『デイリーポータルZ』を20年以上運営されてきましたが、独立による変化というのはやはり大きいのでしょうか。

 単純に忙しくなったというのはありますね。編集が僕を入れてふたりになっちゃったんで、現場に同行するだけで1週間が終わっていく感じで。あと、営業もいないので、広告の引き合いなどがあっても対応が遅くなってしまったり、費用を安く言っちゃって後悔したり、そういうつらさもあります。

「いったん持ち帰ります」とか「僕はやりたいんですけど、上が……」とか、会社のせいにできなくなったんですよね(笑)。前は安めに言っちゃっても「上から言われまして」っていう言い訳で訂正できたのに、それが使えないのはけっこう厳しいなって思ってます。

──誰かのせいにできないのは地味につらいですね。自分で会社をやるとなると大変なことも多いと思います。

 でも、会社にお金が入ってくるのは、意外とうれしかったです。「もっと制作費を抑えればお金が余る」みたいな悪魔の誘い的な声が聞こえてきたりして、経営者がお金儲けに夢中になっていく気持ちがわかってきました。

──では、『デイリーポータルZ』自体の変化について伺いたいのですが、WEBメディアとして、時代による変化をどのくらい意識されているのでしょうか。

 けっこう意識してるつもりで、実際に変わってると思います。2000年代は、インターネットで『デイリーポータルZ』みたいな記事を読む人も少なかったんで、変わったことをやっていればいいというか、サブカルチャーな感じでしたね。「工作しようとしたけど、できませんでした! いや〜失敗、失敗」みたいな読み物も受け入れられていた。

でも、今は結果を求められるようになって、「できませんでした」って言ったら「なんで完成してないのに記事に載せてんだ、ちゃんとやれ」みたいに言われてしまう。今、YouTubeにも器用な人がいっぱいいるじゃないですか。下手な人がいないので、下手を売りにできなくなったというか。本当はね、失敗した人が落ち込んだりしてるところがおもしろいと思うんですけど、そういうのは受け入れられなくなった気がします。

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──たしかに、結果や情報が主体で、ドキュメント性の少ないコンテンツが多いかもしれません。

 ホームセンターに行って材料買わなきゃいけないのにアイス食ってるとか、そういうのはないですよね。

──「材料は100均で買えるよ!」でおしまいですもんね。実際に行ってみたらなかったりするんですけど。

 ないんですよねぇ。まあ、僕も10秒ですごいものがバーンとできる動画とか、回ってくると見ちゃうんですけど。だから記事のほうでも、最近は「できない」で終わるものはなくなってきたと思います。ただ、「あんまりできるようになってほしくないなぁ」というのが正直なところで。ライターには得意なことばかりしないようにお願いすることもありますね。

──では、逆に変わらず大事にしているようなことはありますか?

 書き手のキャラクターが見えるようにはしています。人に読んでもらうために、入口は「すごく辛いカレーを出す店がある」といった“情報”にしましょうと言ってるんですけど、そこから「実家のカレーより辛い」とか、自分のことやよけいなことも書いて、書き手の存在を見せるようにしたい。そこはブレずにやってますね。

あと、ただ奇を衒(てら)うんじゃなくて、動機となるような軸があるかどうかは大事にしてます。以前、「豚の鼻を食べる」という企画があがったんですけど、企画したライターが特に豚の鼻に思い入れがあるわけでもなかったので、そういう場合は「じゃあやめよう」と言っています。逆にディズニーみたいな王道のテーマでも、ライターが個人的にすごく好きで、「ここが!」っていうポイントがあるなら扱ってもいいかなと思ってます。

やるべきことをすぐに始めたくない

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──独自のおもしろさを追求して、記事として発信したりしていると、人から「楽しく働いている」と思われがちなんじゃないかと思いますが、実際のところどうなんでしょうか。

 楽しく働くようにはしてます。本当に仕事してんのか遊んでんのかわかんないような感じで、なるべくやりたい仕事だけやるようにしていて。生意気ですね(笑)。でも、最初に「イヤだな」と思った仕事を、お金になるから、お世話になってるから、次につながりそうだから、みたいに考えて受け入れると、結局「うわ、やんなきゃよかった……」ってなるじゃないですか。だから、最初の直感は意外に正しいというか、大事にしてますね。

──とはいえ、お仕事なので楽しいだけではないかと思いますが、現場や会議などで人と楽しくやるためのコツなどはありますか?

林 企画やアイデアにダメ出ししなきゃいけないときは、ひたすら低姿勢でお願いしてます。現場でも、思いつきで新しい提案をしてきた人に「却下」って言わなくちゃいけないときは、できるだけ冗談っぽく言うようにしてます。それくらいですかね。

──林さんが機嫌よくやっていて、周囲の機嫌も損ねないようにしている。地味だけど、チームで動くときは大事なことかもしれませんね。

 機嫌が悪い人がいたらイヤですよね。だから僕、お菓子買って行ったりしますよ。あと、撮影で集まっても20分ぐらいダラダラしゃべって、なかなか始めない。来てすぐ始めようとする人には「ちょっと待って。おしゃべりしましょう」って言いますから。「なに効率よくやってんだ」っていう(笑)。無駄話も大事にしてますね。

知りたいこと、わからないことは増え続ける

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──「くだらないことをおもしろがって楽しむ」って、年齢とともにモチベーションが下がるというか、できなくなってきませんか?

 そういうことはないですね。たぶん、自分には子供がいないし、介護もしていないので、くだらないことに時間を使えるのが大きいと思います。興味を持つ対象なども変わらずで。何かを知れば知るほど、またわかんないことが増えて興味を持ったりしています。

でも、下品な企画は恥ずかしくなってきたかもしれない。この前も検尿用の折りたたみ式のコップが売られているのを見て、「これで飲み会やったらおもしろいかな」と思ったんだけど、さすがにそういうことはやれなくなりました。「若かったらまだかわいげがあるけど、おっさんがやってたらキツいな、見たくないな」って。

──たしかに、人からの見え方は変わっていくので、そういう意味で「いい年だから」とブレーキがかかることもありますね。

 だから、僕が若いYouTuberだったら、きっと炎上してたと思います。ちょっと前に、交差点に布団を敷いて怒られたYouTuberがいたんですけど、僕、企画メモに同じこと書いてましたから。「本当にやらなくてよかったな〜」と思いました。

ただ今後、YouTubeは照れずにやってみたい気持ちもあります。無駄話的なものや、その場の雰囲気、行間的なものを伝えるのなら、動画がいいんじゃないかと。工作するつもりが、木材を買うのに右往左往してるだけの動画とかいいですよね。

──ほかに今後やってみたいことなどはありますか。

 笑い屋さんを呼んで、絶対に爆笑になるお笑いイベントをやりたいと思ってるんですよ。スベるのは恥ずかしいじゃないですか。でも、これなら何をやったってウケるので、気持ちがいいっていう。実際に笑い屋さんの事務所に電話してみたら、けっこう安くお願いできることがわかったので、演者からお金をもらえば成立するんじゃないかと思ってるんです。素人参加型のオープンなイベントにして、おもしろいことをやりたい人たちを仲間にできたらいいですね。

屋上でサボるのが好き

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愛用の双眼鏡で東京を眺める林さん

──林さんの「サボり」について伺いたいのですが、サボりと聞いてどんなイメージが浮かびますか?

 喫茶店にいる会社員のイメージ。僕は打ち合わせに行くと、絶対にまっすぐ帰らず喫茶店に入っちゃいますね。スマホを見ると負けた気がするので、ぼーっと外を眺めたり、ひたすらぼんやり過ごすんです。

あと、展望台にも登ります。「三軒茶屋に来たから、キャロットタワーに登ってみよう」とか。休みの日にわざわざ行かないけど行くとおもしろい場所って、サボるのにちょうどいいんですよ。渋谷に事務所があったときは、渋谷スクランブルスクエアの年間パスポートを買って、しょっちゅう屋上に行ってました。

──展望台や屋上では何をしているんですか?

 アプリで上空を飛んでいる飛行機がどこの会社なのかわかるので、それを調べたりしてます。あと、屋上が好きすぎて双眼鏡を買っちゃいました。星空を見るための、倍率が低くて視野が広い双眼鏡があって、それで東京を眺めるんです。

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アプリで飛行機を特定する林さん

──サボりグッズを日常的に所持している方は初めてです。さすがですね。ほかにも携帯しているものはあるのでしょうか。

 いろいろ持ち歩いてるんですよ。温度と気圧のログが取れる温湿度計とか、液体とか金属の温度が測れる温度計とか。あんまり使ってないんですけど、何か測りたくなったときに「持っておけばよかった〜」って思うのが癪(しゃく)なんで。前に、西陽に当たってすごく熱くなったゴミ箱があって、温度を測りたかったのに測れなかったのがすごく悔しくて。

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もしものために携帯している温度計

──サボってはいるけれど、ちゃんとネタにしている感じもしますね。

 記事になるかはわからないけど、気になったことは調べちゃいますね。スクランブルスクエアの屋上から見たら、品川方面のビルの高さがみんな同じだったので調べてみたら、羽田空港があるから高さの制限があるとわかったり。そういう発見はメモしてます。

趣味は「一銭にもならない仕事」

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──著書の『ビジネスマン超入門365』でも、サボりのテクニックのようなものが紹介されていますよね。「どこかに直行したことにするときは、つじつま合わせの行き先をメモしておく」とか。こういったものは、どのくらいご自身の経験がもとになっているのでしょうか。

 ほとんど自分が経験してることかな。「直行直帰」ってホワイトボードに書いたときは、ちゃんとウソを貫き通せるように設定を考えてました。人事の人が見てたりして、バレるとけっこうな怒られ方をするので……。でも、会社を辞めてみると、やっぱり会社員ってラクだったなって思うんです。だって、雇われてる側としては、最小の労力でお金もらうべきだし、なるべくサボったほうがいいですもんね(笑)。

──では、もっとシンプルに息抜きや趣味として楽しんでいることはなんですか?

 趣味ってあんまりないんですよ。全部が趣味みたいなものだけど、仕事に関わらないものがほぼないので。パソコンでゲームをやっても、トラックで荷物を運んだり、車を洗ったり、パソコンを直したりしていて、遊んでるときにやってることが全部仕事っぽくて。一銭にもならない仕事は楽しいですね。

──「一銭にもならない仕事」って、もう趣味ですよね。

 そうですね。知り合いの経営者も、スキマバイトアプリに登録してコンビニでバイトしてるって言ってました。現場で働くのが楽しいみたいで。僕も知らない業界のハウツー本が好きで、本当はSEOの本とか読めばいいのに、消防士のホースのたたみ方とか、料理の盛りつけマニュアルとか、体育教師の指導要領とかを読んでます。

──趣味としての仕事って、大人のキッザニアみたいなものだと考えたら、ちょっと需要がありそうな気がします。

 あったらおもしろいですよね。僕もドラッグストアの品出しとか、ちょっとやってみたい。『Airbnb』で趣味として人の家に泊まれるようになったので、次は趣味として人の仕事をやるようになってもおかしくないと思います。

──サボりとはかけ離れてしまいましたが、興味深いです。ちなみに、あえてシンプルな趣味をあげるとしたら……?

 古本屋に行くか、ミスドに行くぐらいですね。

──サボってるときと変わらない(笑)。ありがとうございました。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

サボリスト〜あの人のサボり方〜