花束みたいな友ができた、魔物と戦い続けた夜(美山加恋)

エッセイアンソロジー「Night Piece」

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エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。

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美山加恋(みやま・かれん)
1996年生まれ、東京都出身。2002年、舞台『てるてる坊主の照子さん』でデビュー。2004年、ドラマ『僕と彼女と彼女の生きる道』(フジテレビ)の凛役で注目を集める。以降、映画『いま、会いにゆきます』、『僕らのごはんは明日で待ってる』、ドラマ『around1/4 アラウンドクォーター』(朝日放送)、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』、ミュージカル『ピーターパン』、『赤毛のアン』など出演作多数。声優として、2017年『キラキラ☆プリキュアアラモード』(テレビ朝日)で主人公・キュアホイップ/宇佐美いちか役でアニメ初主演を果たす。現在、MCを務める『あにレコTV』(テレビ東京)が放送中。

スポットライトがひと筋。
私を照らしている。

誰もいない舞台上。
セリフが出てこない。
身体が動かない。

袖を見ても、誰も助けてくれない。
そもそもこれがどんな作品か思い出せない。
そんな夢を、よく見る。

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朝起きたときの気持ち悪さといったらない。
夜になると魔物が私の枕元にやってきて、頭の中に侵入してくるんじゃないか。

夢占いが大好きで起きたらすぐ調べるのだが、たいていの夢はすぐ忘れてしまう。
でも舞台上の夢だけは、あまりにもリアルでいつも頭にこびりつく。

そして現実でも、袖から出るときに思い出す。

一種の自己暗示のようなプレッシャーなんじゃないか。
30歳を前に、最近よく自分のパーソナリティについてよく考える。

私は身長が低い。
実際に会うと
「思っていたより小さいんですね」
とよく言われる。

実は152cm。
この記録は小学校高学年くらいから変わっていない。
小学校高学年で152cmというと背の順でも大きなほうだったので、うしろからみんなを見ていた。

中学に上がるとどんどん前に押し出され、ついには先頭を陣取ることになった。
あのときの気持ちといったら。
「一番前なんて嫌だ。恥ずかしい」
「でも“前へならえ”というくらいだから、先頭がしっかり位置についていないとみんなに迷惑がかかるし……」と、悶々としていた。

うしろはいいな。前にならうだけだもんなぁ。

これが私の性格。
なるべく目立ちたくはない。
うしろ指もさされなくない。
そう、女優のくせに、目立ちたくはない。
人と比べられたくない。

(あの“前へならえ”できれいに並ばないといけないの、なんでだったんだろう……)

あれ、なんか過去の愚痴になってしまった。
身長が小さいと、なるべくみんなと目線を合わせたくて自分を大きく見せるようになる。
「小さいのかわいいね〜」と言われても、ちっともうれしくなかった。
カッコいいと言われたかった。ないものねだりだ。

でもこれは、夢に出てくる魔物のせいでもあると思う。

小さいころは特に同い年の子より寝る時間が少なかったため、ご機嫌な夢を満足いくまで見られた試しがない。そのため睡眠時間も減り、じゅうぶんな成長期を逃した。

そんな自分が嫌いだった中学時代。

でも実は、そのとき出会った友達が今でも一番の親友だったりする。
人と比べられることが大嫌いで、転校も多く、なるべくひとりでいたかった私にも、友達ができたのだ。

★Unknown

その子と仲よくなったきっかけは些細なことだった。
教科書が入れ替わっていただけ。

授業中、教科書にアンダーラインを引くのだが、私の教科書に引いたその子のアンダーラインは定規できれいにそろえられており、逆に友達の教科書に引いた私のアンダーラインはガッタガタだった。
それだけのことなのに、なんだかお互いに興味を持つようになった。
それからはなんとなくずっと一緒に過ごしていた。
その友達の前だと、自分の気持ちに素直でいられる気がした。

目立ってもいいんだ。
人と違ってもいいんだ。
顔もよく覚えていない誰かにうしろ指さされても、気にすることないんだ。

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中学2年の夏、家庭の事情で私は別の区に転校をした。
だけど、その子とは転校しても会い続けた。
親に怒られるくらいに、しょっちゅう遊んでいた。
仕事も勉強もおろそかになるほど、当時の私は遊びたかったのだ。
会いに行ってくると言うと「遊びすぎよ。やることをやりなさい」と言われた。

それでも会いに行った。
さながらロミオとジュリエットだ。

その子と離れ1年が過ぎたころ。
私は初舞台を踏んだ。
(正確には子役デビューは舞台なのだが、5歳のころなのであまり記憶がなく、これが初舞台に近い状態)

めちゃくちゃ怖かった。
知らない世界に飛び込む怖さを初めて味わった。

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勝手がわからない。
稽古ってどうやってやるんだろう。
いつ舞台上に出ればいいのだろう。
声が小さいと言われる。
全力でやっているのに、何かが足りないのはわかる。でも何ができていないのかわからない。

これまでの自分をすべて否定された気分だった。

それでも、お芝居をしている時間は楽しかった。
自分の発したセリフで、まわりが動く。
芝居の空間というものを感じられたのは初めての感覚だった。

稽古も終わり、劇場入り。
客席というものがあることをそのとき思い出した。

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そうか、目の前の人たちに届けるのか。
一斉にこっちを向いて、私の芝居をじっと見つめてくるのか。

衝撃だった。

袖から感じる本番の張り詰めた空気。
この舞台のひと言目は私のセリフ。
音楽のタイミングで、ひと言発しながら走って舞台に上がる。
“これだけのこと”が怖かった。

勢いで初日を迎えたが、正直、何も覚えていない。
稽古で言われていた「声が小さくて聞き取れない」ということ。
本番でも指摘された。

お客さんがみんな敵に思えた。
私のセリフは届いていなくて、きっとみんなに
「あの子は何を言っているんだろう」
「なんでこの舞台出ているんだろう。下手だなぁ」
なんて思われているんじゃないか。

 

朝になればまた劇場へ行ってひとりで発声練習をしなければならない。
なんでがんばらないといけないのだろう。
つらい世界で、なんのためにがんばればいいのだろう。

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あるとき、友達が観に来てくれた。
「加恋の舞台、絶対に観に行く」と言ってくれていて、楽しみにしてくれていた。

この広い客席のどこかに、あの子がいる。
そう思うだけで力が出た。

やらなければ。
声が小さいとか、どう観られているとか気にしている場合じゃない。
楽しんで、全力でがんばる自分を彼女に観てもらいたい。

とにかくがむしゃらだった。

終演後、楽屋まで会いに来てくれた。
中学生なんてまだ子供なのに、お小遣いで買うには高いであろう花束を、わざわざ買って持ってきてくれた。

「すごい」と何度も言ってくれた。
初めて肯定された気分だった。
泣くほどうれしかった。

そうか、敵ばかりじゃないんだ。
楽しんで観てくれている人もいたんだ。

真っ暗に見えていた客席が、少しクリアに見えた気がした。
拍手も、笑い声も、お客さんの顔も、ちゃんと見てみよう。

 

それから私は舞台が好きになった。
自分のお芝居で楽しんでもらう快感を知った。

 

そんな私のいろんなターニングポイントとなった友達が、先日婚約をした。
一番に報告をしてくれたのだ。
報告を受けたのは、一緒に行ったサウナの中(笑)。
サプライズにしてもなんてタイミングだ。
お互い裸じゃないか。

早く報告したかったらしい。
私たちらしいね、と笑う。

改めてちゃんとお祝いさせてね、と伝えた。

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彼女と別れたあと、夕方の薄暗くなるころ。
昼と夜が混ざり合うとき。
これを逢魔時(おうまがとき)というらしいが、魔物との戦い方はもう攻略済みだ。
帰り道に花屋を訪れてみた。

売れ残った花たちはすっかり元気をなくしていたけど、バケツの真ん中に一輪。
凛と立っている。

今度は私が花束を持って彼女に会いに行くのだ。

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文・写真=美山加恋 編集=宇田川佳奈枝

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