人生が変わりかけた眩しい夏の夜(やーこ)
エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。
やーこ
日常に転がるちょっとしたトラブルを、ドライブ感あふれる筆致でユーモアたっぷりに書き、Xやnote、ブログで配信中。2023年5月に『猫の診察で思いがけないすれ違いの末、みんな小刻みに震えました』(KADOKAWA)でデビュー。また、2024年4月に2冊目となる著書『電車で不思議なことによく遭遇して、みんな小刻みに震えました』 (KADOKAWA)を発売。
X:@yalalalalalala
ブログ『やーこばなし』:https://yalalalalalala.livedoor.blog
初夏の夜。
私は蛍を見に行けなかったことを偲び、ボタン式のナイトライトを臀部に装着し、自宅で蛍の気分を味わっていた。
すると友人から、今から我が家に「お土産を渡しに行ってもよいか」との連絡が入った。
せっかくなので草陰に止まる蛍のように家の門の陰に潜み、友人が我が家のインターホン近辺に到達した瞬間に姿を現すことによって、私という名の蛍の光を披露することにした。
タイミングを見計らい、私は光を見せつけるように尻を構えた。
門から道へ蛍が浮遊する様をイメージし舞うと、若干低めの叫び声が響いた。
友人にしては声が低すぎると、不審に思い振り向くと、友人は我が家からまだ2メートルほど遠くにおり、代わりに私の近くには春物のコートを羽織り、下半身に何も装着していないオヤジが佇んでいた。
友人ではなく、半裸の男に発光する尻を見せつけてしまった。
蛍ならばメスの蛍が寄ってくるが、私が人間であったために蛍も人類も寄ってこぬ、孤独な尻光野郎となった。
友人だと信じて疑わなかったところに半裸のオヤジが出てくるという、予想と現実のあまりの振り幅に私は脳の処理が追いつかなかった。
露出狂のほうも突然民家から尻を発光させる不気味な人間が現れるなどとは思っておらず、我々は出会ったポージングのまま静止した。
夏の訪れを想わせる夜風が草花の香りを我々に届けるなか、私は露出狂に尻の光をお届けしている。
露出狂は自身も不審者であるくせに、まるで自分だけが不審者に出会ったかのような顔をしていた。
ハイジャック犯が、別のハイジャック犯と同じ飛行機に乗り合わせる確率は極めて低いという。
では、我々の出会いは何%の確率で舞い降りたのだろうか。
私と露出狂は運命的な出会いを果たした。
すると、コンビニの袋を下げた近所の男子大学生が通りかかり
「うわっ……」
と、小さく声を漏らした。
しかし、大学生はコートを羽織る露出狂の背後から声を発しているため、明らかに露出狂の局部ではなく、私の臀部に対し声を上げている。
声を上げる相手が違うのではないだろうか。
あちらは局部に対し布がないが、こちらは臀部に対し布がある。さらにライトで装甲されている。
間違っても人様の網膜に私の生肌が直撃することはない、するのは尻の光だけである。
なによりも、布がなく出ている者と、布があり光っている者とでは、明らかに前者のほうが重罪である。
赤子が他人と母親に名を呼ばれれば、母親のもとへ向かうことが必然であるように、警官も露出狂と私の間では露出狂のほうへ足を進めることであろう。
しかし、角度的に私の尻の発光しか見えていないこの現状は非常に分が悪いものであった。
せめて、佇まいだけでも正そうと、私は尻を少々突き出したポージングから態勢を立て直した。
その際、布と尻に圧迫されてライトが押され、
カチッという小気味よい音とともに私の尻の光が白から紫に変色した。
何度か押すと色が変わる仕様であった。
友人は私の尻の変色がツボに触れ、苦しんでいた。
このままでは、露出狂というわかりやすい変質者がいるにもかかわらず、私こそが変色する尻を持つ変質者となってしまう。
(※当時の再現写真)
この男が露出狂であることをまず知っていただきたい。
あわよくば、それで私の印象を薄めたい。
考えた末
「この人、露出狂なんですよ」
と言葉を発したが、どこか言い訳がましい雰囲気が漂った。
こうなれば、論より証拠である。
私は不審者認定されたくない一心で
「ちょっと、うしろに振り返ってもらえますか?」
と、露出狂に申し入れた。
露出狂はこちらを見つめ、何を言われているのか理解が追いつかないといった表情をして停止した。
なんでもいいからとりあえずうしろへ振り返ってほしい。
しかし数秒したのち、露出狂は私を避けるように大きく迂回し、走り出した。
この半裸の男は、この中で一番どこに出しても間違いのない変質者であるというのに、背後の者たちからの己の印象だけを穢れなきままに走り去る気である。
そんな生半可な気持ちで露出狂など務まるのであろうか。
そこはかとなく裏切られた気持ちさえ生じている。
お前は明らかにこちら側である。
私は反射的に「捕まえて大学生に証拠を見せなければ」という謎の使命感に駆られ走り出した。
露出狂の背中を追いかける私の臀部で、ライトが何度か押されるような感触があった。
おそらく走ったことで再び布に圧迫され、尻の色が変色していたことだろう。
しかし、よく考えれば、捕まえたところで大学生も露出狂の露出という景観を害するものは見たくもなければ、私のほうも漁師が釣り上げた大魚の感覚で露出狂を見せつければ、なんらかの罪に問われそうである。
冷静になりすぐさま帰ろうと振り向くと、家の前で友人が待っていた。
大学生は友人に
「この地域、本当に変な人多いんで、気をつけてくださいね」
と、言葉を残し去っていったという。
その変人の中に自分が入っていないことを祈るばかりである。
露出狂の証明が叶わなかった今、通報などされれば警官と長く会話をすることになったのは私であったことだろう。
私は見に行けなかった蛍たちに思いを馳せた。
蛍は淡い光で、今年も命をつないでいるのだろう。
私は尻の光で、首の皮一枚でつながっている。
私の忘れられぬ夜のひとつとなった。
文・写真=やーこ 編集=宇田川佳奈枝