“萌え断”たまごトーストが絶品!半世紀前の味を引き継ぐ古民家カフェ「喫茶 ばらーど」|「奥森皐月の喫茶礼賛」第4杯
「奥森皐月の喫茶礼賛」
喫茶店巡りが趣味の奥森皐月。今気になるお店を訪れ、その魅力と味わいをレポート
“萌え断”たまごトーストが絶品!半世紀前の味を引き継ぐ古民家カフェ「喫茶 ばらーど」|「奥森皐月の喫茶礼賛」第4杯
月に一度、喫茶店について記事を書くようになったが、私生活でも月の半分くらいは喫茶店に足を運んでいる。
コーヒーが好きなのはもちろんあるが、喫茶店特有のゆったりとした温かみのある空間を求めているというのが大きい。年季の入った道具やレトロな雑貨、素敵な照明や家具が愛おしくて好きだ。
そこで最近、私は自分の部屋を喫茶店のような空間にしようと決めた。喫茶店に行く頻度がさすがに高いので、少しは家で落ち着いてコーヒーを飲むようにしたいという思いもある。
そうと決めたら家具屋や雑貨屋を巡るようになるわけだが、アンティークショップで大量に並んでいる雑貨を見ていると、喫茶店らしい部屋には何が必要なのかだんだんとわからなくなってしまうのだ。
そして、「部屋の参考にするため」という口実でまた喫茶店に行っている。ここ数週間はむしろこれまでの3割増しくらいの頻度で喫茶店を巡るようになった。歯止めがかからないのだとわかった。
外観は普通の一軒家。中に入ると…?
今回は、中野駅と高円寺駅のちょうど間のあたりにあるお店へ。お笑いライブや古着も趣味なので、個人的には親しみ深い地域だ。
中野駅からだと、北口を出て中野セントラルパークを通って早稲田通りまで歩いて行くコースで15分ほど。公園の景色を見ながらだと、思いのほかあっという間だった。
地図アプリを見ていたら通り過ぎてしまいそうになったのだが、緑の看板が目印。看板脇の小道を進んだ先にあるのが、今回の目的地である「喫茶 ばらーど」さんである。
外観は普通の一軒家で、小学生のころに友達の家に遊びに行っていた光景を思い出す。
玄関で靴を脱ぎ、すぐ手前の部屋に入ると、そこは落ち着いた空気の流れる喫茶店。窓の外から光も差し込み、席に着いたとたん穏やかな気持ちになる。
手が止まらない!たまごトーストとアイスカフェオレ
人気のメニューだというたまごトーストと、アイスカフェオレを注文。冬のつもりの格好で家を出たら、思いのほか暖かくて少し汗をかいてしまった。アイスを頼み始めたらもう春だ。
たまごトーストはホットサンドのようなものなのか、トーストにペーストたまごが乗っているものなのだろうか、と考えていたところに届いた。
これはいわゆる「萌え断」というやつではないだろうか。トーストに挟まれた美しい黄色のたまごは分厚い。
テーブルには塩とコショウも置いてもらったが、何もつけずにいただいてみる。ふわっふわのたまご焼きが極上で、バターがしみたトーストも最高においしい。
外側はカリカリだが、パン自体もふんわりとしていて手が止まらなかった。あと3つ同じものを頼んでもよかったくらいにはおいしかった。
喫茶店で聞こえるコーヒー豆を挽く機械の音も好きだ。店内で流れるクラシックとグラインダーの音が、喫茶店に来たなぁという気持ちにさせてくれる。
カフェオレはミルクの味がしっかりとあるが、コーヒーの香りも強く感じる。飲みやすく食事にも合う味だった。グラスが少し大きめで、しばらくはこの店内でゆっくりしていこうと思わされた。
「コーヒーの神様」直伝の味を引き継ぐ
マスターである西島さんにお話を伺った。店内の内装は比較的新しく感じられるのだが、オープンは9年ほど前だという。
昭和37年に建てられた日本家屋の自宅を改装して、1階部分を客席にしたそうだ。よく見るとふすまや押し入れがあったところがわかる。しかし、それはあくまでも現在営業している場所のお話。
「喫茶 ばらーど」というお店自体は、1966年に西島さんが神田でオープンした。そこから神田、上野、京橋と移転しながら、1代でずっと営業をしているそう。
マスターは取材日時点で81歳とのことで仰天した。今も奥様とふたりで月曜日から土曜日まで毎日午前9時から午後5時まで営業されている。おふたりともご健康でいらっしゃるようで、本当に素敵なご夫婦だと思った。
西島さんは昭和36年から有楽町の「メッカ」というコーヒー店で修行をされていたそう。当時「コーヒーの神様」と呼ばれていた罇(もたい)広志さんのお店で、大勢いたお弟子さんの中で西島さんは最後の弟子だったとのこと。
今も当時と同じくコロンビア、モカ、ブラジル、グアテマラを3:3:3:1の割合でブレンドしているそうだ。取り寄せたコーヒー豆を一度トレーに出し、うまく実っていない粃(しいな)という豆を挽く工程も手作業でしているらしい。
ほかにそのような作業をしているお店はあまりないですよねと訪ねたところ、普通はそのまま挽くことが多いが、修行時代のままのやり方でコーヒーを煎れるようにしているとおっしゃっていた。半世紀以上前の名店の味を未だに引き継いでいる日本唯一のお店であろう。
奥様が守り続ける「パンへの熱いこだわり」
トーストやサンドイッチに使われているおいしいパンは、浅草の「パンのペリカン」のものだそうだ。
もともとは浅草とあまり遠くない場所で営業していたため、毎日配送してもらって使っていたとのこと。しかし移転してお店が中野になったため、さすがに毎日配送してもらうことはできなくなってしまったそうだ。
何十年も使ってきたというこだわりはあるが、新鮮な状態のパンを使うには毎日仕入れなくてはならない。そこで奥様が「それなら毎日買いに行く」とおっしゃったそうで、今は毎朝4時半起きで店内の清掃をしてから浅草まで買いに行っているという。
お店で仕事されている様子からクールなお方に見えたのだが、このエピソードから、とても熱い方なのだろうと伝わってきた。カッコいい。
「今日の日はさようなら」作詞家・金子詔一も訪れる
店内の机や椅子や家具は、以前の店舗で使っていたものをそのまま置いているそうだ。たしかによく見ると年季が入っているが、どれもきれいで大切に使われてきた歴史がうかがい知れる。
シュガーポットやミルクピッチャーも、昭和の時代からずっと使っているものだという。銅製のものは味が出ていて、人の力では作り出すことのできないレトロさを感じられるから好きだ。あまり見たことのない照明や時計もあって、好奇心をくすぐられた。
店内中央に飾られている大きな書には「今日の日はさようなら」の歌詞が書かれている。これは書道が趣味の奥様が、作詞された金子詔一さんに承諾を得て書いたものだという。
この書をコンクールに出したそうで、持ち帰ってみたところ見事に店内のスペースにぴったり収まったそうだ。まさにシンデレラフィット。ちなみに金子さんも、このお店に訪れるお客さんとのこと。
「お店を辞めようかと思った」それでも中野で続ける理由
場所は何度か変わっているが、オープン当初からずっと来続けているお客様もいるそう。
神田の店舗に20歳のころに来ていた方は、70代になった今も毎週中野まで足を運んでいるらしい。母から子へと2代で来店している方や、遠方から来るお客さんも多いようで、「ばらーど」がたくさんの人に愛されるお店だということがよくわかった。
お店の歴史やコーヒーについて、たっぷりとお話ししてくださったマスター。10年前に京橋のテナントが開発のため移転せざるを得なくなったときに、お店を辞めようかとも思ったそうだ。
しかし、ずっと愛してくれるお客さんがいることと、まだまだ自分も元気でいるために中野の自宅で営業することを決めた。
コーヒーも人も好きな方が店主のお店は、とても居心地がいい。ご夫婦の二人三脚で営業している「ばらーど」はこれからも続いていくことであろう。また必ず訪れたい。
東京都内で小道を進んだ先にある温かな空間。ほっとひと息つきたいときにおすすめしたい素敵なお店だった。
次回もまたどこかの喫茶店で。ごちそうさまでした。
喫茶 ばらーど
9時〜18時、不定休
東京都中野区野方1-44-1
中野駅から徒歩15分
高円寺駅から徒歩13分
文・写真=奥森皐月 編集=高橋千里