「何もせず、ぼんやりと考えを巡らせる時間も大事」ファッションデザイナー・森永邦彦のサボり方
クリエイターの「サボり」に焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト〜あの人のサボり方〜」。
今回お話を伺ったのは、日常と非日常の境界を揺さぶるファッションブランド「ANREALAGE(アンリアレイジ)」のデザイナーである森永邦彦さん。コレクションの発表やコラボレーションの展開など、多岐にわたる活動のベースとなる発想はどのように生まれているのだろうか。
森永邦彦 もりなが・くにひこ
東京都出身。早稲田大学社会科学部在学中にバンタンデザイン研究所に通い、服作りを始める。2003年、自らのブランド「ANREALAGE」を設立。2014年にパリ・コレクションに進出し、以降は毎年公式参加している。2019年、フランスの「LVMH PRIZE」のファイナリストに選出。同年に第37回毎日ファッション大賞を受賞。
日常の境目から変化や気づきを生み出す
──まず、「ANREALAGE」とはどんなブランドなのでしょうか?
森永 「日常(A REAL)」と「非日常(UN REAL)」と「時代(AGE)」を組み合わせたブランド名のとおり、その時代、そのときにおける日常と非日常の境目を表現しているブランドですね。まさに今は非日常が日常になっちゃってますけど、本来は日常も非日常も混在して常に同時にあると思っていて。その境目を自ら作り出すことで、気づきやファンタジーが生まれ、人を驚かせることができるんじゃないかと考えています。現在の主な活動は、年に2回あるパリ・コレクションでの新作発表なので、そこに向けて日々新しいものを作っているところです。
──では、服作りは日常を疑い、観察することから始まるんですか?
森永 そうですね。「誰もが当たり前だと思うこと」をどう探すか、というところから始めています。最近だと、天と地を逆転させるコレクションを発表しましたが、それもまず、「地面は下にあって天は上にある」という前提が崩れているんじゃないかと思ったことがきっかけです。コロナ禍によってリアルなショーができなくなり、デジタルショーに変わったことで、みんながスマホを回しながらコレクションを観るようになった。そうなると、画面の中では天地はなくなっていると言えるわけですが、それを当たり前のこととして通り過ぎていいのかと……まあ、そんなふうに考えるのが好きなんでしょうね。
2021-22年秋冬コレクション「GROUND」より。ランウェイを歩くモデルは
天に支えられ、服の模様などが地に引き寄せられているように見える
──「ANREALAGE」はさまざまなパートナーとのコラボレーションも精力的に行っていますが、その際も考え方は変わらないのでしょうか。
森永 やっぱりベースにあるのは日常ですね。日常を支えるものをデザインすることで、当たり前の生活に少し変化をもたらす。そういった取り組みを衣食住の「衣」だけにこだわらずやっています。自動車であったり、建築みたいなものであったり。今取り組んでいるのも初めての分野で、アニメーションの衣装デザインなんです。細田守監督の『竜とそばかすの姫』という映画内の衣装の一部を担当しているのですが、バーチャル世界に存在する美の基準を超越したキャラクターの衣装という、スケールの大きなテーマで。今回は制約がないことで、自分が今やってみたいと思う実験的なことをストレートにぶつけることができました。
個人的に興味があるのは、医療の分野ですね。特にこの一年は医療やメディカル技術とファッションのつながりについて考えていました。ファッションとは縁遠い印象があるけれど、人の命を救うことも、洋服を生み出すことも、針と糸が必要という点では共通しているんじゃないか、とか。
ディズニー社のミッキーマウスをブランドアイコンとした新ブランド
「MAISON CIRCLE」とANREALAGEのコラボレーション
ANREALAGEが衣装を手がけたキャラクター
『竜とそばかすの姫』は全国公開中
メモを整理していくことでアイデアにつなげる
──森永さんにとっての創作のベースである日常の気づきとは、自然と思い浮かぶものなのでしょうか?
森永 毎日メモを取っているので、それをまとめる作業や、人との対話などを通じて形にしていくことが多いですね。自分だけのLINEグループを作っていて、そこに思いついたことや気になるワードを投稿しているんです。それを毎日振り返ったり整理したりしつつ、週に1度、ノートにまとめています。ノートにLINEの画面や保存していた画像をプリントアウトして貼りつけ、思ったことを書き込むという手作業を通じて、考えを血肉化しているイメージですね。
メモをもとに社内で展開する週報も書いているのですが、こちらはもうちょっとコミュニケーションを意識していて、自分の考えていることや、デザインのヒント、「ANREALAGE」のあり方などを社員と共有するようにしています。素敵な時間表現があったとか、○○さんがこんなことを言っていたとか、あのコレクションがよかったとか。リモートで作業するようになってからは、ますます書く分量が増えました。
モレスキンのノートを愛用。プロジェクトごとに用意されており
メモやメール、SNS、ニュース記事、イメージを喚起する画像など
さまざまな素材が貼りつけられていた
物事を両極から捉え、服に落とし込む
──コミュニケーションという意味で、森永さんが世の中に作品を届ける上で意識していることはありますか?
森永 「ファッション」という言葉が壁を作ってしまうというか、敷居が高いものなだと感じられてしまうこともあると思うんです。そこで、どうわかりやすくするかは意識していますね。ファッションを知らない人でも、何か伝わり、感じてもらえるような服にしたい。太陽光で色が変化する服を作ったり、天地が逆転した服を作ったりするのは、そういう意図もあるんです。
ただ、わかりやすさのみにこだわっているわけではなく、常に両極を見ているのかもしれません。思考のプロセスとして対象と真逆にあるものから考えることが多く、わかりやすいファッションを考えるほどに、誰にも伝わらないものが見えてくるし、そのよさが際立ってくることもある。そういった両極を行き来しているような気がします。実際、テクノロジーに特化したかと思えば、アナログにこだわるときもあるし、複雑な造形とシンプルなデザインを行き来することもあるので。
光と影があるなら、その両方を表現したいんです。影であるものが光に逆転するような瞬間もおもしろくて。物事の両極や、その逆転を一番表現しやすいのが、服なんですよね。日常になじんだ当たり前の存在だけど、ちょっとしたことで着ている人の気持ちや、見える景色を変えられるかもしれない。これからもそんな服を作っていきたいと思っています。
太陽光で変化する服。白い洋服に紫外線を当てると
色と模様が浮かび上がってくる
何も考えていない時間が、アイデアのきっかけに
──では、ここで森永さんのサボり方について伺いたいのですが、森永さんってサボらないですよね……?
森永 サボるっていう感覚はないかもしれません。いろんなことに追われているなかで、何も進まない時間があると焦ってしまうので、できるだけ仕事をしていたいというタイプではあります。でも、サウナに行ったりもしますよ。考えがクリアになるからなんですけど。
あと、深夜にぼーっとしている時間があって。声をかけられても気づかないくらい無心の状態で、30分〜1時間ぐらい過ごすんです。1日の終わりにその日を振り返りながらメモを書いて、そのまま何もしないでぼんやりしている。まったくものを考えていないわけではないんですけど。
──ぼんやりした思考の断片が、脳内を浮遊しているような感じですか?
森永 そういう感覚はあるかもしれないです。頭の中で考えが分かれていって、広がる感じというか。やっぱり何か考えてはいるんでしょうね。コレクションが近くなると、テーマ関係のことをぼんやり考えることが増えますし。急に考えがつながったり、アイデアが形になったりすることもあって、バーっとメモをしたり。ただ、意識的に考えるのとは、ちょっと違うんですよ。
──メモをまとめているから、それを寝かせて、広げるような時間になっているのかもしれませんね。逆に意識的にデザインやテーマを考える時間は、もうちょっとストイックだったり、システマチックだったりするんですか?
森永 午前中にギュッと考える時間を設けて、答えが出なかったら寝かすという作業を、プロジェクトごとに時間割を作って進めています。その日にクリアする打率は3割くらいでいいかなっていう目標で。
──いくつものプロジェクトを確実に進めていくには、システムも大事なんですね。では、本当に何も考えないような、頭も心も和んでいる時間はあるのでしょうか。
森永 食器を洗っている時間は無心になれますね。食器は旅先で買うか、記念日に買うことが多いので、そのときのことを思い出したりはするんですけど、かなり無心に近くて。あとは、ベランダで植物に水をあげている時間なんかも好きですね。
──忙しい毎日の中に、無心になれるルーティーンがちょっとずつ組み込まれているんですね。
森永 そうですね。ルーティーン化するのは好きかもしれないです。
撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平
「サボリスト〜あの人のサボり方〜」
クリエイターの「サボり」に焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載。月1回程度更新。
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— Musee_du_ももクロ (@museedumomoclo) June 23, 2021